第35話 色々あるけど、俺は元気ですよ


 まぁ結局、俺はアントワネッタ家での面談を終わらせることができた。

 あの真っ暗な空間に突入した面々は、俺の無事を確認すると犯人であるエレナさんを終始睨んでいた。しかしエレナさんは全く気にする様子もなく、むしろ楽しそうに笑っていたのを覚えている。

 名残惜しそうに俺の服を掴む双子の子供たち(年上)をなだめ、また会おうと約束してアントワネッタの屋敷を後にした。


 用事を終えた俺は自宅へ向かったのだが、亜子さんが当たり前のように同行しようとしたのを皮切りに、杏里先輩やステンナ達も自宅までついてきてしまった。

 彼女たちならまだマシだが、よりにもよって校長まで。


 どうしたものか頭を悩ませたが、考えた所でどうしようもなく。

 仕方なく俺は帰りの途中でスーパーに寄り、人数分のうどんとつゆを購入して自宅へ到着した。

 大勢で食べれて、作るのが簡単なモノといったらやはりうどんだろう。

 

 そしてついて来た面々に手伝ってもらいながら、夕食の準備を行った。

 え、校長?

 流石に居間でくつろいでいて貰ったよ。


 そして居間の方でソファやら椅子やらに各々座り、食事を行った。

 久しぶりの大勢での食事。楽しくないワケがなく、とにかくワイワイと騒ぎながら楽しい時間を過ごすことが出来た。




 そして皆が帰り、俺も床につく。

 次の日は日曜日であったが、どうにも疲れが溜まってしまったのか動くことが出来なかった。

 何の前触れもなく亜子さんが来た時には驚いたが、まぁそれ以外は平和で安らかな休日だったかな。




 さて、そんな日曜を過ごした後、また月曜日がやってきた。


「忠人さん、ネクタイが曲がっています。そこを動かないで」

「あ、ハイ」


 俺は今玄関で、当たり前のようにいる亜子さんに、曲がっているネクタイを直してもらっていた。

 気分は新婚さん。いやどっちかって言うと、首を絞められているような感覚である。


 エレナさんは多くの獣人が、俺の事を憎からず思っていると言っていたが……亜子さんもそうなのだろうか?

 聞いて確かめてみたいが、いかんせんそんな勇気も無い。これで違うと言われたら、今後どんな顔をしたら良いのか分からないし。

 他の人だってそうだ。結局はエレナさんの勘違いって可能性も考えられる。   まぁ、吸血鬼に勘違いって考えづらいけど……。


 まぁ、そんなこんなで俺は結局、誰にも言い寄ることはしないで日々を過ごすことにした。

 ヘタレだなんて言わないでほしい。実際直面したら、半端な勇気じゃ聞けないからな。


「さぁ、これで直りましたよ。では、学び舎へ向かいましょう」

「……やっぱり、ついて来るんですか?」

「勿論。蓮田殿との話し合いで、校庭までの同行は許可されております。どうかご安心を」


 安心ってなんだっけ?

 心が安らぐって書いて、安心なのでは?

 もしかして、俺の知る安心って意味がそもそも違うのか。そんな考えさえ浮かんでくる。

 頭がおかしくなりそうだ……。


「さぁ、行きますよ忠人さん」


 もやもやとする俺を置いて、亜子さんは玄関の扉を開けた。

 相変わらず感情の読めない表情をしているが、妙にそわそわしているあたり楽しみ……なのだろうか?


 そういえば、昨日から亜子さんは俺の事を名前で呼ぶようになった。

 理由は聞いていない。まぁどういう形であれ、仲良くなれたのなら良いと思う。

 

「あ、すいません。今すぐ行き――」

「青柳ィッ!!」


 しかし俺は、玄関にものすごい勢いで迫ってくるドラゴン大先輩に気づき、反射的に体を居間の方へ逸らした。

 次いで聞こえる轟音、そして破壊音。

 玄関がどんな状態になっているか見たくなかった。


「……」


 恐る恐る玄関を見る。

 しかし、想像していたよりも玄関は破壊されていない。まぁ床とか壁は抉れてるんだけど。

 廊下の真ん中には、両手を互いに掴んで睨みあう亜子さんと杏里先輩がいる。

 あぁ、亜子さんが先輩を受け止めてくれたのか。なんだかんだで頼りになる人だ。


 それにしても、二人とも顔がモンスターのソレである。怖い。


「なぁんでここに単眼がいるんだぁ?コイツは私が守ってやるから、さっさとお山へ帰るんだなッ!」

「相変わらずこの火トカゲ女は……!私は彼のボディーガードです。近くにいるのは当然でしょう?」

「うっさい、この堅物アホ女!」

「貴方こそ五月蠅いですよ、暴力トカゲ!」


 頼むから家の外でやってくれ、潰れてしまう。

 どうやって二人の怒りを鎮めるべきか、いや俺が止めれる方法なんてあるのだろうか。


「おはよ、先生ぇ」


 そんなことを考えて頭を悩ませていると、フワッと体が浮く感覚を覚えた。

 なんだろうか?そう思って後ろを見ると、そこには俺の両肩を掴むフィンドーラの姿が。


「お、お前まで何やってるんだ?」

「私もいるよ!」

 

 フィンドーラの背中からひょっこりと顔を出すステンナ。

 君らホントに仲がいいね!


「昨日のうちに二人で話したんだぁ。先生を手に入れるなら、協力しようって」

「グリフォンの飛鳥ちゃんと、メデューサの私。それに……セイレーンの力もあるんだから、ドラゴンにだって負けないよ!」


 満面の笑みで二つの種族の名前を言うステンナ。

 成程、どういう心境の変化があったのか分からないが、彼女は自分の過去と決別が出来たのかもしれない。

 もしかしたら、昨日のうちにフィンドーラと話でもしたのかな。

 何はともあれ、二人の仲が悪くなったりしないで良かったと思う。


「何をしている!降りてこいアホ共ォッ!」

「……巨大化の使用許可を申請。標的、保護対象と学生二人」


 あ、下の二人が気付いた。

 二人とも鬼の形相でコチラを睨んでいる。ていうか、鬼より強いだろうから怖い。


「や、ヤバ……飛鳥ちゃん!」

「はいはーい。じゃあ先生、このまま空の旅へご招待だよぉ。学校までの空を楽しんでねぇ」

「え、いや俺は歩いてァァァッ!?」


 言い切る前に、フィンドーラは音速のスピードで学校へと向かいだした。

 特殊な障壁でも貼られているのか、体に異常はない。

 しかしめまぐるしく変わる景色っていうのは、やはり恐怖を禁じ得ないな。風の勢いも凄いし。


「きゅるるっるるっるるー」


 そして俺の恐怖を感じ取ったのか、黒い扉を出現させてこちらを見てくる貴婦人さん。

 あぁもう、何か考えるのが面倒になってきた。


「……ねぇ、先生」


 ふと、ステンナが話しかけてきた。

 なんだ、今は風圧に耐えるので精一杯なんだが!?


「この時代は楽しいかな?」

「お前それ今言うかぁ!?」


 俺今メチャクチャ必死なんですけどぉ!?

 あぁでもちゃんと言わないとこの子も暴走しがちだからなぁ!


「あぁ楽しいよ!前の時代が恋しいときもあるけど、それでも楽しいさ!」

「……そうっ!」


 顔は見れないが、ステンナの声色が明るくなったように感じた。

 それは良い、良いんだが。


「もうちょっとスピード落とせフィンドーラ!眼球が渇く!顔が痛いィッ!」

「無理だよ先生ぇ!後ろから凄い勢いであの二人が迫ってくるもん!」

「はぁっ!?お前何言って――」


 そう言われて後ろを見ると、フィンドーラに負けないくらいのスピードで迫る杏里先輩と、何故かスカイツリー並みに大きくなった亜子さんの姿が……。

 なんだこれ、映画のクライマックスか?


「……フィンドーラ」

「なぁに、先生?」

「スピード、上げてくれ」

「はぁい」


 とりあえず、もう逃げたい。

 俺は完全に思考を停止させ、空中飛行の旅を楽しむことにした。

 学校に着いてから何かあるかもしれないが、まぁその時は何とかなるだろう。






 この時代は獣人がほとんどだ。

 だからこそ、起きる問題も獣人規模。純人間の俺に出来る事なんて限られている。


 でもまぁ、この時代に飛ばされたのも運命だろう。

 それなら、受け入れて頑張るしかない。

 初老に向かいつつある体ではあるけれど、健康面では問題ないし。


「……まぁ、出来る限りで頑張るかな」


 俺は心地よく感じ始めた風を受けながら、地平の先まで広がる世界を見てそう思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

1万年後の世界にて、獣人相手に教師してます ツム太郎 @tumutarou1211

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ