おばあちゃん

佐藤 花子

第1話

「可愛いねぇ」


おばあちゃんは鏡越しに私を見て言う。


「でしょ?昨日とはちょっと変えてみたの」


長めの髪の毛を丁寧に編み込んでいく。


「今日は特別な日?」

「違うよ〜気分が変わったの」


大きめの鏡は見やすくて綺麗に仕上がる。

毎日シンプルなポニーテールが定着していたが、これも悪くなさそうだ。


「後ろ、変じゃない?」


おばあちゃんは私の後ろまで来て、髪の毛の結び具合を見てくれた。


「どれどれ、うん、綺麗にできてるわね、髪の毛結ぶの上手だねぇ」


おばあちゃんは昔から何をするにも褒めてくれる。

それはお世辞だとしても嬉しいことだった。


「いつもの一つ結びも綺麗だけど、凝った髪型も素敵ねぇ」


優しくおばあちゃんは笑った。


「お世辞はいいよー」


照れ隠しの言葉の語尾に笑顔が入る。

私の口角が自然と上がっているようだった。


「お世辞じゃないわ、本当に素敵よ」


笑った時にできるシワに優しさが溢れている。

その顔を見るとやはり私もまんざらではない様子で笑ってしまう。

そんな平和な日だった。ここまでは。



「ちょっとー!!とびら開けてー!!!」



外から声が聞こえた。

こんな朝早くに誰だろうか。

他人にしては無愛想にも程がある。


「荷物持ってて手ふさがってるから!扉開けて頂戴ー!!」


聞き覚えがある声だった。

あ、おばあちゃんの声だ。





おばあちゃんの声?





鏡を見るとおばあちゃんは依然としてそこに立っている。

おばあちゃんは真っ黒な目で私をじっと見つめている。



そう言えば、今日は朝早くに買い物に行くって言ってたっけ。



おばあちゃんはじっと私を見つめ、くしゃっと顔を歪ませた。




「可愛いねぇ」




私は即座に立ち上がり、後ろを見ずに玄関に向かう。

玄関を開けるとそこにおばあちゃんは立っていた。

手元には大きな袋を抱えている。


「あら、今日は髪型変えたの?似合うねぇ」


優しい笑顔だった。

いつもの、優しい顔だった。

私を褒めている時と同じ顔だ。

おばあちゃんは中に入ろうとする。

その時、恐怖を思い出した。


「あっち行っちゃダメ!!」


「えっ、何で?何かあった?」


私は先程身に起こったことを早口で語った。

自分の恐怖を訴えた。

一通り言い終わった頃、私の息は上がっていた。

おばあちゃんは終始、何も言わなかった。


「だからね、行っちゃダメなの!変なの!」


すると初めておばあちゃんは口を開いた。

不思議そうな顔で私を見つめた。






「家にそんな鏡ないよ?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

おばあちゃん 佐藤 花子 @satouhanako

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る