エピローグ

 天に向けて放たれた弾丸が、荒野の大気を震わせる。

 広場に集められた村人達は、身をすくませこそすれど、悲鳴をあげることはできない。


 声を立てれば、今度はあの弾丸が自身の肉体を貫く。

 そう、分かっているがゆえだった。


 村人達を取り囲むように、武装集団は布陣している。

 ボロを巻きつけたような汚れた服装のゲリラ集団は、皆一様に血走った目で、怯え、震える“弱者達”を睨みつけている。


 その先頭に立つ彼らのリーダーが、大きく手を開く。

 仲間の一人が設置したカメラに向けて、声高に吠えた。


「ここより我らの聖戦が始まる。いつの時代も、進化とは然るべき時、然るべき場所、そして然るべきにえによって成り立つ。この約束の地より始まる我らの進軍は、やがて悪しき魔物の喉元をえぐる剣となるだろう」


 周囲を取り囲む仲間達も、声をあげた。

 男達の狂喜がより一層、人質達を威嚇し、怯えさせる。


 反政府を目的とした私的武装組織――未だなお内紛が続くこのエリアでは、こういった暴徒集団は珍しくはない。

 国を動かす体制に、頂点に君臨する者の思想に、自分達が置かれた境遇に。

 各々が独自の不平不満を抱き、それを“力”によって示そうとする。


 抑圧された“力”を、抱いた“理想”が具現化し、凶器を取らせた。

 無関係の村を襲い、無抵抗の者達を殺める様を見せつけることで、国家に対し宣戦布告をする。


 そんな、よくある凶気の一つだ。

 この地域では、もはやなんら珍しいことではない“不運”そのもの。


 カメラのレンズが、凄惨たる光景を余すことなくネットワークにばらまく。

 この殺戮劇が大衆の目に触れることで、不特定多数の人々の心に恐怖と、同調の“揺らぎ”をもたらすことも、彼らの大きな狙いであった。


 その舵をとるターバンの男は、部下に命じた。

 男の指示通り、部下達が村人の中から“贄”を選び、無理矢理に引きずり出す。


 手を引かれたのは、少女だった。

 ボサボサの黒髪が、煤けた風に揺れる。

 引き剥がされた母親が悲鳴を上げ泣き叫ぶも、男によって殴り飛ばされてしまった。


「子羊の血肉を捧げよ。それこそ我らの牙を滾らす炎となり、新たな命の糧となる。我らが進む明日への“いしづえ”を」


 周囲の部下達が「礎を」と連呼した。


 どよめく村人達の群れの中で、口から血を流しながらも母親が叫ぶ。

 どれだけ男に弾き飛ばされようとも、なおも抵抗はやめない。


 だが一方で、連れてこられた少女は涙は流さなかった。

 男の前に無理矢理にひざまずかされてもなお、じっと恐怖に耐えている。


 怖くないわけではない。

 だがそれでも、彼女には一つ、心に信じているものがあった。


 狂喜を滾らせる男達。

 恐怖に縛られる村人達。


 その間に座った少女は、いつしか両手を胸の前で合わせ、ぎゅっと握っていた。


 母から教わった、祈り――見たことも、触れたこともない“神”を思う。

 どこかから必ず、自分達を見てくれている“神”に願う。


 必ず救ってくれる。

 そう母から、毎日聞かされていた。


 リーダーの男が懐から銃を引き抜く。

 その切っ先を少女の頭に向け、高らかに吠えた。


「混沌の世界を進む命など、“無意味”――哀れなる全ての子に、救済を!」


 迷うことなく、ためらうことなく、引き金を引いた。

 発射される弾丸がまた一つ、空気を震わす。


 村人達のざわめき、母親の悲鳴。

 吹きすさぶ風が、それらすべてを一瞬、かき消した。


 少女はいつしか、目をつぶっていた。

 手にしたことなどなくても、あの武器のことは良く分かる。

 指を少し引くだけで、簡単に人の灯火が消える。


 だからこそ、ぎゅっと目を閉じた。

 手に力を込め、なおも暗闇の中で祈る。


 必ず救われる。

 必ず見ていてくれる。


 痛みはやってこない。

 恐る恐る、ゆっくりと少女は目を開いた。


 人質達、少女の母、そして武装集団。

 その場にいた全員が――息をのむ。


 男がいた。


 少女を覆い隠すように、ターバンの男に向き合う青年がいた。


 黒い戦闘服の隙間に覗く、真っ白な肌。

 頭部から溢れた長い銀の髪が、荒野の風に揺れる。


 かすかな音を立て、砂の上を弾丸が転がった。

 少女は目の前を覆い尽くす銀色を見つめたまま、それでも合わせた手を離さない。


 そんな彼女に、“彼”は告げる。


「強いな、君は。最後の最後まで信じたんだ。大丈夫、俺は神様じゃあないけど――助けに来た」


 少しだけ振り向き、“彼”は笑った。


 真っ白な肌の上に並ぶ、黒い眼。

 その中心で光るエメラルドの光に、少女は言葉を失う。


 身動きが取れない暴徒集団。

 だがリーダーの男はいち早く気付き、声を上げた。

 突如出現した“彼”のその出で立ちに、記憶が蘇る。


「その姿、貴様……DEUSデウスか? しかも、まさか――」


 うろたえる男に、再び向き直る“彼”。

 エメラルドの光が強さを帯び、圧を増す。


 はっきりと、透き通った声で“彼”は告げた。


「良い大人が綺麗で難しい言葉並べて、暴れるんじゃあねえよ。不満があるなら男らしく、堂々と言いな。誰にも迷惑かけず、てめえらだけでな」


 青年の言葉が、その場にいた全員の胸を打つ。

 だがこの一言が、武装集団の闘争心にも火をつけてしまった。


 雄叫びを上げるターバンの男。

 各々が各々の武器を構え、“彼”目掛けて仕掛ける。

 ハンドガンとライフルがそれぞれ火を吹き、無数の弾丸が四方から迫った。


 けたたましい音と共に飛ぶ、圧倒的な“力”。

 だがその全てが――意味をなさない。


 青年はただ、立っていた。

 防御も、回避もなにもせず、ただ腕を下ろして前を見たまま。


 そんな“彼”に襲いかかる弾は、全てあらぬ方向に反れてしまう。

 “彼”だけではない。

 そばにいる少女もまた、唖然としたままその“奇跡”を見つめていた。


 ありったけ打ち込んだ弾丸が、全て余すとこなく無効化される。

 弾切れを起こした暴徒達は、ただならぬ事態に開いた口が塞がらない。

 リーダーであるターバンの男も、空になった銃を構えたまま、立ち尽くしている。


 暴徒の視線をうんざりした顔で受けながら“彼”は、耳元の通信機に報告した。


「なんとか間に合ったよ。敵の数は8。いずれもハンドガンとライフルの所持は確認したが、さっき弾切れになった」


 報告され、通信機の向こう側からは力強い男性の声が響く。

 黒人の隊長から、即座に次なる指示が下された。


 そうこうしているうちにも、暴徒集団はライフルの弾を装填し直している。

 だが、その気配を察知した“彼”は、すぐさま腰のホルスターから武器を引き抜き、宙に向かって投げた。


 一瞬、“彼”は笑う。

 どこか“狂犬”を思わせる表情で、その牙を投げつけながら。


 小さな“斧”が高速回転しながら、まるでブーメランのように旋回する。

 それは周囲に立っていた男達の持つライフルを、次々と切り裂いていった。

 ありえない軌道を描き、「ハンドアクス」が“彼”の手元に戻ってくる。


 ついには武装集団達から悲鳴が上がった。

 中には腰を抜かし、立ち上がれずにいる者もいる。


 今まで震え、怯えていた村人達は、目の前で起こる“奇跡”をただ唖然として見ていることしかできない。

 少女の母親もまた、涙を止めて娘と“彼”の姿を見つめていた。


 斧をホルスターに戻し、“彼”は通信機に「OK、了解了解」と返す。


 そのまるで緊張しない姿を見て、ついにターバンの男は思い出し、叫んだ。


「間違いない。貴様は……白い肉体に黒い瞳……荒々しくなびく銀の髪……お前が、噂の――“白銀の獅子”か!?」


 滝のように汗をかき、ナイフを引き抜く男。

 だがその小さな刃は、まるで頼りになどならない。

 どれだけ強く握りしめても、分かってしまうことがある。


 目の前の“彼”との戦力差は、まるで埋まらない。


 白い肉体から、ため息が漏れた。

 どこか気だるそうな眼を男に向ける。


 もはや目の前の男に、威厳など微塵もない。

 高らかと演説をしていた頃のような毅然とした眼差しも、態度も何もない。


 結局、ここにいる暴徒達は――彼らはただ、“暴力”に酔いしれたかっただけなのだ。

 そんな下らない事実に、“彼”はうんざりしてならない。


「なんとでも呼べば良いよ、好きなようにさ。お前らがどう呼ぼうが、やることは変わらないんだ。あんたさっき――この子の命が“無意味”だって言ったな?」


 ぞくり、と武装集団の男達を、悪寒が包む。

 “彼”の放つ圧が増した。

 それは無色の大気を伝わり、一瞬で全員の肉体に絡みつく。


 だが一方で、その言葉は村人達の体に、わずかな活力を生み出してもいた。

 とりわけ“彼”のすぐ背後に立つ少女は、しっかりと祈りの形を保ったまま、その暖かい波長に身を震わせてしまう。


 真っ白な男が、腰から別の武器を引き抜く。

 トリガーを引くと液体金属が噴出され、瞬く間に巨大な剣を生み出した。


 村人達から上がる歓声。

 武装集団から上がる悲鳴。


 二色の異なる音色を身に受けながら、“彼”はその剣を担ぐ。


 まっすぐ前を向き、荒野の真ん中ではっきりと吼えた。


「しっかりと教えてやるよ。悪い事したぶん、身をもって、きっちりとな。この子の――人間の命の“意味”ってやつを」


 風が止む。

 砂煙が払われ、その場の誰しもが目の前の光景を鮮明に、しっかりと焼き付ける。


 力無き者と、力持つ暴徒。

 その間に立ちはだかる、白銀の獅子。


 太陽光を受け、長い銀色が遊ぶ。


 剣を支え、胸を張り、彼は――ハルはしっかりと前を見た。


 瞳の光が強さを増す。

 理不尽な終わりなど許さない。

 不条理な終焉などごめんだ。


 肌に受ける熱を、足に伝わる大地を、吸い込み肉体を満たす空気を、しっかりと感じる。


 色持つ世界に立つ彼の目が、決意を示すかのように前を向いていた。


 強く、気高く。


 ただただ、ぶれることなく、“未来”を見据えて。

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モノクローム 創也 慎介 @yumisaki3594

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