女王、です。
さて、どうしたものだろうか?
相手がルダさんである以上椿を使うわけにはいかない。かと言って椿を腰に提げたままではあまりに戦い辛い。
戦い辛いと言えば、この現状は酷く戦い辛い。そこら中に転がる男達に足をかけてしまいそうだ。
唯一、この惨状の中心──爆心地とも言える、マチさんが立つ場所。このホールの中心には男達が転がっていない。あそこならば何も考えずにルダさんの相手をする事が出来そうだ。
正面から男達を何の躊躇もなく踏みつけながら迫ってくるルダさん──流石は女王だ。
迫るルダさんに向けて駆け出す。
その距離が残り二メートル程になった瞬間、ルダさんが凄まじい速度で右手を突き出す。
殴る為に突き出されたわけではない。その右手は僕を掴む為に突き出された。
投げや関節技を得意とするルダさんと戦う際には、先ず掴まれない事が重要となる。払う、もしくは躱す。言葉にしてしまえば簡単なそれは、ルダさん相手には途方も無い難易度となる。しかし、出来なければ勝ち目は無い──そもそも勝ち目は薄いのだが。
ルダさんの右手が触れる寸前、跳ぶ。ルダさんの頭上を越えて背後に着地。そのまま前転。
一瞬前まで僕がいた場所を、ルダさんの足が切り裂いた。
容赦ない。
あんなのまともに受けたら良くて病院送りだ。悪ければ死ねる。
「マチさん!」
椿の鞘に手をかける。
「預かってて下さい!」
椿を放り投げると、マチさんは右手でそれを受け取ってくれた。
と言うか、あの人いつの間にか煙草を咥えている。完全に見物する気だ──この状況を楽しむ気だ。
「さてと」
椿はマチさんに預けたから心配ない。そして足場も問題ない。
足を止めて振り返ると、ルダさんはこちらを見据えて立っていた。掴みかかってくる気配がない。
もしや、今更この戦いに意味が無いと気づいてくれたのだろうか?
「要、あなた少し腕を上げた?」
「急に何ですか?」
「私の中のイメージだと、さっきの蹴りは躱されないのよ。むしろさっきの蹴りで決着が着いてもおかしくなかった」
確かにそれ位の威力はありましたね。
「要の癖に生意気だわ」
「……何かすいません」
暴君だ。目の前に暴君がいらっしゃる。
「謝る位なら、私とクレスの為にさっさと死になさい」
「何でそうなるんですか!? 嫌ですよ!」
百パーセント嫌である。断固拒否だ。
「全く、面倒ね」
普段からちょっと悪いルダさんの目付きが更に悪くなる。蛇の様なその眼の中に浮かぶ赤い瞳が、僅かに右に動く。
瞬間、ルダさんが消えた。
視線を誘導された!?
ルダさんは消えたわけではない。見失っただけだ。
右に誘導されたなら左に──いた。
血の様に赤い髪をなびかせて、ルダさんは右手を振りかぶっていた。
回避は無理、ならば──両腕を身体の前で交差させ防御。
次の瞬間、交差させた両腕に凄まじい衝撃。
「ぐっ」
いったーーー!
両腕が弾け飛んでしまったのではと思える程の衝撃。当たった瞬間後ろに跳んでいなければ、骨をもっていかれたかもしれない。
怪我しない程度にお願いしたいんですけどね。
一瞬で距離を詰めてきたルダさんに対して右ストレート。身体が泳いでしまっている為威力はない。単なる威嚇の様なものである──その威嚇が間違いだった。
あっさりと避けられ空を切る右腕──その右腕を掴まれた。
瞬間、世界が反転する。
投げられた。
それが分かった瞬間、背中に走る衝撃。
「かはっ」
息が出来ない。だが今はそんな事よりも──視界に入る靴の裏の方が重要である。
左手で大理石の床を叩き横に転がる。
だんっ!
一瞬前まで僕の頭があった場所を、ルダさんの右足が凄まじい速度で踏みつけた。
急いで飛び起きてルダさんを見ると、表情一つ変えずに僕を見つめている。
肌が粟だった。この人は確実に殺す気だった。
ちらりとマチさんを見れば、楽しそうな笑みを浮かべて煙草を咥えている。
後で絶対に文句を言ってやる。
それにしても……。
眼前に立つルダさんは息一つ切らしていない。
流石は赤の女王マチルダ=クリシーズである。
正直、強過ぎる。勝てる気がしない。
たがまぁ、一矢報いる位はしておきたい。僕にだって意地がある。
ならばどうすべきか? 答えは出ている。
『眼』を使うしかない。
「何やってんだ、お前ら?」
意を決した所で、聞き慣れた声が割ってはいる。
声の主はこの戦いの原因になった人物──クレス=T=アルドレットが、煙草を咥えて立っていた。
「クレス」
ルダさんの顔に笑顔が咲いた。さっきまで僕を見据えていた表情とは打って変わって、恋する乙女の顔になっている。
その笑顔がこの戦いの終わりを意味していた。
笑顔でクレスさんに走りよるルダさんは、女王と言うよりは少女の様だ。
「……とりあえず」
死なずに済んで何よりだ。
喫茶風見鶏 @mine07
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