皐月レオンの愛すべき日常・後編


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 黒いタイツのようなスーツに着替え、ボクはエージェントになる。

 組織の本拠地は6階建てのビル。もっと高いマンションやビルに囲まれた地味な雑居ビルだ。でも実際はすべての階が組織の会社。ボクは3階で経営しているのレストランのトイレの窓から侵入、最上階のボスの部屋を目指す。

 襲撃を予期していたのか事前調査より警備が厚い。とはいえこんなに早く来るとは思わなかったのか、まだ命令系統がしっかりしていない。やはり叩くなら今しか無い。

 各階にいた警備を倒し、監視カメラも潰しておく。異常に気付かれる前に上の階へと登っていく。6階を制圧したところでようやく侵入に気付いたようだけど、もう遅い。

 ボスの部屋の扉を蹴破る。男が6人、こっちに銃を向けている。一番奥にボスがいる。


 タンッ!


 発砲よりも速く天井まで飛び上がる。一斉射撃なんて、芸がないね。

 飛びながら部屋を見渡す。手前は低い丸テーブル、囲むように左右に黒いソファ。奥に大きなデスク。ありがちな社長室って感じ。デスクの前に男たち、後ろにボス。右の壁には巨大モニター。

 一瞬で配置を確認し、第二射が来る前に天井を蹴る。刀を抜き、着地と同時に振り下ろし左三人の銃を叩き落とす。すぐに右に跳んで一閃、残りの三人の銃も弾き飛ばす。

 もう一度ジャンプして男の頭上を跳び越えて、弾いて宙に浮いていた銃を掴む。ボスの背後に回り込んでその銃をこめかみに突きつけた。


「ボスを殺されたくなければ全員動くな。壁に手を付けて並べ」


 いつもより低い声を作って男たちを脅す。


「ボス……!」

「い、言う通りにしろ」


 六人の男たちが全員、なにも無い方の壁に並んだ。よし、ボクの顔は見られていないな。


「キミたちが監視してる女子高生がいるだろう?」

「あ、あぁ……」

「その子は今どこにいる?」


 ボスの視線が、壁に設置された巨大なモニターに向けられる。そこには暗視カメラによる映画館の映像。綾乃の後ろ姿がばっちり移っていた。あとボクの変装をしたG班の人の後頭部も。


「バカな……そんなはずは……」

「バカはお前だ。こんなことができる女子高生がいると思うか?」

「っ……!」

「我々の調べで彼女は一般の人間だということがわかっている。キミたちの組織は、一般人に手をかけるのか?」

「しない! そんなことは! ――ぐっ!」


 ガッ!


 ボクはグリップで男を殴りつける。加減はした。


「我々の護衛がナイフを持った男を見付けている。少女を刺そうとしたな」

「…………!!」

「一般人の、なんの罪もない少女を――」


 ――綾乃を!


 ズドンッ!


「ひっ……!」

「ボス!」

「デスクを撃っただけだ。こっちを向くな」


 ……ちょっと感情的になってる。落ち着け、冷静に。最後まで油断するな。

 ボクは再びボスのこめかみに銃を当てる。


「わ、わかった! 悪かった! おい、あの女子高生の監視を今すぐ中止しろ! 全員撤退だ!」


『かしこまりました』


 ボスの言葉に、デスクに埋め込まれたスピーカーから声が返ってくる。

 よし、これで綾乃は大丈夫。

 ミッションは終了――……?


 ボスの肩越しに、なにかがにゅっと突き出した。これは――


 ――スマホ!


「S班!!」


 ボクが叫ぶと、スマホが引っ込められた。画面を確認されるよりも速くスマホを叩き落とす。転がっていくスマホ。ボスが屈んで拾おうとする。そこへ、発砲。スマホに風穴が空いた。

 振り向こうとしたボスの背中を踏みつけ、「動くな!」と壁の男たちに再度警告。


「チッ――! だがお前の写真は撮ったぞ、データはサーバーに送られた!」

「無理だね。この建物はジャミングされている」

「バカな、さっきまで通信は……まさか!」


 ボスが少し顔を上げてモニターを見る。真っ暗な画面に「NoAccess」と表示されているだけだった。デスクのマイクも反応がない。


 短時間だけど完全に通信を遮断するジャミング装置をS班に起動してもらったのだ。

 スマホを使って肩越しにボクの写真を撮ろうとしているのはわかった。だけどそれを止めるのはタイミング的に不可能だったから、サーバーにデータが送られてしまわないようにジャミングした。

 残る問題は……。


「だったら、こうだ!」

「――!」


 ボスが穴の開いたスマホを掴み、放り投げる。床を滑り、スマホは壁の男たちの足もとに転がった。

 まずい、データは送られてないしスマホも壊したけど、中のデータは残っている可能性が高い。あのスマホは回収しないと!


「もう、しょうがないなぁ!」


 袖から使い捨て小型スタンガンを取り出し、ボスに押し当てる。


「グギャッ!!」


 気色の悪い声を出して気を失ったのを確認、近くのソファの後ろに飛び込む。そこでさっき弾いた銃を拾い、スマホを拾おうとしていた男の手に向けて投げつける。


「ぐっ……!」


 ボクはソファの後ろから残りの男たちに向けて撃つ。一人の肩にヒット、慌ててソファに身を隠そうするが、逃げようとする男とぶつかる。狭いところに六人もいて、しかもバラバラに動こうとするからぶつかり合って身動きが取れない。

 そしてやっぱり、最初の銃以外の武装をしてないみたいだ。それが確認できた。それなら……。


 スマホを拾おうとしていた男に目を向ける。

 彼はスマホと近くに落ちた銃に視線を巡らせていた。どっちを拾うべきか迷ってる!


 もちろん彼もプロだ。そんな迷いは一瞬だった。すぐにスマホの確保が最重要と考えたのだろう(そして実際、スマホ取られて仲間の誰かに渡されたらとても面倒なことになる)、男が手を伸ばすが――遅い!


「ハッ――!!」


 一直線、ソファから飛び出して刀を一閃。男の手は空を掴み、その横に倒れた。

 ……大丈夫、峰打ちだよ。


 ボクはスマホを蹴り上げてキャッチ、残りの男たちに向けて威嚇射撃をしながらデスクを乗り越えて奥の窓を開ける。銃を全弾撃ち尽くすと同時に部屋に放り投げ、窓から外に飛び出した。

 六階から飛び降りる――なんてことはしない。予めかけておいたワイヤーを掴み、落ちるのではなく昇る。屋上へ。よしよし、慌てて顔を出した男たちは窓の下を見てる。

 ボクは隣りのビルの非常階段に飛び移り、下まで駆け下りて脱出成功。


 綾乃の疑いを晴らし、ボクも顔を見られなかった。

 あと、綾乃を刺そうとしたことを怒ることもできたし。

 完璧だね!


 ボクは下にいたS班にスマホを渡して、


「ジャミングありがとう。助かった」

「前から言っていますが、ミッション中は顔を隠してください。そうすれば写真を撮られたって問題ありません」

「な、なくはないよ。今は解析技術がすごいんだから。隠してもバレるかも」

「…………」

「わかったよ! よっぽどの時は隠すから!」

「ミッションの重要度に関係なく――」

「ごめん急いでるから! あとよろしく!」


 顔を隠さないでミッションに挑むのは、ボクなりの流儀。

 だってその方がかっこいいでしょ? 小説の主人公みたいでさ。


 ボクはS班の小言を振り切って駆けだした。

 急いでるのは嘘じゃない。だって、


「早く映画館に戻らなきゃ!!」


 上映時間内に戻って、そこで初めてミッション終了なんだから。

 今から急いでも、入れ替わるのはエンドロールの最中になる。計画ではクライマックスに間に合うはずだった。写真のせいで時間が押している。

 参ったな、クライマックスだけでも見れば綾乃と話を合わせられると思ったのに。……仕方が無い。


「G班、映画の内容を教えて。……うん、うん…………え? きょ、巨大な虫が出てくるの? そっか……わかった、ありがとう」


 巨大怪獣って、虫だったんだ。

 ……綾乃には悪いけど、観れなくてよかったよ。




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「映画おもしろかったね~!」

「う、うん。ボクはその、虫が……ちょっと」

「あ……あぁ! そうだった、ごめんねレオン。虫苦手だもんね。私も怪獣が虫だって知らなくて。やっぱりああいうのもダメかな?」

「そ、そうなんだ。むしろ余計にダメっていうか。細部まですっごくリアルだったし。だから直視できなくて」


 本当はまったく映画は観ていない。けど、巨大怪獣の画像は戻る途中で見ておいた。

 おかげで気持ち悪がる演技(?)は完璧だった。


「本当にごめんね。違う映画にすればよかったね……」

「ううん、大丈夫。今日はこうして綾乃と遊べて楽しかったから。上手くいったし」

「上手く?」

「なんでもない。映画はさ、その。また今度観に来ればいいよ」

「レオン……。うん、そうしようね。次は虫の出てこないアクションもので」

「確かにボクはアクションが好きだけど、たまには綾乃の好きそうな映画が観たいかも」


 今回、一緒に観ることができなかったお詫びもしたいし。

 ボクだってアクションものばっかり観てるわけじゃないんだよ?


 それになにより――


「いいの? じゃあ来週から公開の青春ものにしようかな。あれはきっとレオンでも楽しめると思うよ」

「青春ものかぁ。どんな話なの?」

「部活動の話でね、生徒会の嫌がらせを受けながら廃部の危機に立ち向かってる途中で学校の秘密を知ってしまうの。そして宇宙人の子供と仲良くなって一緒に歌を唄って街と世界を救って、でも僕たち一緒にいるのが一番だよねってなる話だよ」

「……それ、何部の話なの?」

「文芸部だよ。タイトルは『どうして僕らはキミと一緒に』」

「こないだ読んでたあれかぁ。なんかゴチャゴチャしてるけど面白そうだね」

「ぜったい面白いよ!」

「わかった、一緒に観に行こう。綾乃、約束」

「うん! 約束だね!」


 頷く綾乃の、嬉しそうな笑顔。


 ボクはね――綾乃と一緒に過ごす穏やかな日常も、好きなんだよ。

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皐月レオンの愛すべき日常 告井 凪 @nagi_schier

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