皐月レオンの愛すべき日常

告井 凪

皐月レオンの愛すべき日常・前編


                  1



 ボクの名前は皐月さつきレオン。平和な日常を愛する女子高生のエージェント。


 昼間は生徒として楽しく学園生活。放課後はエージェントのミッションをこなすダブルフェイス。みんなには「バイト」ってことにしてるけどね。


 今の時間は女子高生。ボクは教室にいた友だちに声をかける。


綾乃あやの、なに読んでるの?」

「…………」

「綾乃?」

「――……あ、ごめんね。『どうして僕らはキミと一緒に』っていう青春ものの小説だよ。すっごくハマっちゃって、何度も読み返してるの。映画にもなるんだよ」

「へぇ、そうなんだ」

「レオンはこういうのあんまり興味ない?」

「そんなこともないけど。アクションシーンがある方が好きかな」

「あははっ、そうだよね」


 そんな他愛の無い話をしていると、スマホ(偽装してあるけどエージェント用にカスタムされた支給品)にメッセージが届く。放課後の「バイト」のお知らせにしてはちょっと早いな。


「…………」

「どうしたの?」

「ううん、なんでもないよ。あ、ボクちょっとトイレ行ってくるね」


 綾乃にそう断って、ボクは教室を出る。

 いけない、ボクとしたことが一瞬フリーズしちゃったよ。

 もう一度、本部からのメッセージを確認する。


『警告。女子高生エージェントがいるという情報が広まっている』


 ……困ったな。バレないように細心の注意を払ってたんだけど。

 いったいどこから漏れたんだろう。

 あ、よく見たらメッセージに続きがある。


柴藤しばふじ綾乃という少女がそうではないかと疑われている』


「……は?」


 今度こそボクは、エージェント失格レベルの思考停止をしてしまった。




                  2



 なにがどうなったら綾乃がエージェントなんて話になるんだよ!?


 柴藤綾乃。さっきまで本の話をしていた、ボクの親しい友人の一人。

 彼女のことを一言で言えば、ただの本好き……ううん、とんでもない無類の本好き。時間があればとにかく本を読んでいる。

 物腰が柔らかくて可愛らしい女の子。虫も殺せないような(それは例えでボクの代わりにやっつけてくれる)か弱い少女なんだ。

 それがエージェント? そんな世界とは一番ほど遠いところにいるよ。


 とにかく。疑われているということは、狙われているということ。

 放課後、ボクはエージェントになるんだけど――。


「バイトが無いなんて、珍しいねレオン」

「ボクだって毎日「バイト」してるわけじゃないよ」

「そう? でもおかげで一緒に帰れるね」


 今日の「バイト」は彼女の護衛。

 エージェントだけど、しっかり女子高生しなきゃ。


 それにしても本当にどうして綾乃なんだろう?

 エージェントは若い女性であり主な活動時間が夕方以降、という情報から、普段は学生に扮しているのではないか? つまり女子高生――と、推測されたのが原因だと本部は考えている。

 でもそこから綾乃に結びつかないんだよね。


 綾乃と話をしながらもそんなことを考えていると、


「だれかー! ひったくりよー!」


 突然、後ろから女性の声。同時に足音。速い。重い。大柄な男性と推測。

 足音はすぐに真後ろに到達する。そして、


「どけっ! ――!?」


 綾乃を押し退けようとした手が空を切る。ボクが綾乃の腕を引いて引き寄せたから。

 引き寄せ、身体を入れ替え、高速足払い。バランスを崩した男が地面に倒れ込む。

 軸足を交代、回し蹴り、踵を倒れた男の側頭部に当てる。白目になり、男の意識が飛ぶのを確認。


 完璧。被害者の女性は男の大きな身体に遮られてボクの動きは見えなかったはずだし、綾乃も後ろを向かせていた。男が勝手にスッ転んで気絶したようにしか見えない。


「大丈夫? 綾乃」

「う、うん。びっくりしたけどね。ありがとうレオン。庇ってくれて」

「ノエルの魔法やディアナの尻尾に比べたら、これくらいなんともないよ」


 彼女を庇ったり助けたりするのはもう慣れっこだ。あの二人はもっと洒落にならないことしてくるし。

 もちろん周りにはボクがやったってバレないようにしてるけど――。


「……あ、もしかして」

「どうかした?」

「う、ううん。なんでもない」


 綾乃がエージェントだと疑われてるの。

 ボクがコッソリ彼女を守ってるから……!?




                  3



 ボクは綾乃を守るから、綾乃が疑われる。

 ……もちろんノエルやディアナが派手なことするせいもあるかもしれないけど。おかげで綾乃が目立つんだ。


 じゃあ、ボクが綾乃から離れれば疑いは晴れる?

 ううん、もう遅い。すでに彼女は狙われている。昨日のひったくり事件から彼女への監視が増えた。あれ自体どこかの組織の仕込みかと思ったけど、本部の調べで本当に偶然だったとわかっている。間の悪いひったくり犯だ。

 下手に監視を排除すれば余計に疑いが強まる。情報の大元をなんとかしなきゃ。



「忙しそうだね? なにかあったの、レオン」

「大丈夫。ちょっと『バイト』でトラブルがあったみたいだけど、なんとかなりそうだから」


 スマホで本部とのやり取りを終えて、綾乃に笑いかける。

 今日は土曜日。綾乃と映画を観に行く約束をしていた。

 一番近くで護衛ができるけど、いつまでも一緒にいるわけにもいかない。別のミッションもあるし。


 さっきの本部からの連絡で情報の出所がわかった。この辺りに多くの拠点を持つある組織だ。なるほど、彼らの「仕事」をボクがよく「バイト」で邪魔してる。そりゃ噂にもなっちゃうか。


「レオン。映画、楽しみだね。巨大怪獣と戦うアクションものだよ」

「うん、それはボク好みかも」


 二人並んで映画館に入ると、


 ドンッ――


「おっと失礼」

「あ、すみません」


 綾乃が人にぶつかった。ラフな格好の若い男だ。

 男は頭を下げてそそくさと出て行くけど、


「…………えっ?」


 まるで落とし物でもしたかのように、慌てて手元と足もとをきょろきょろ見ている。

 綾乃もそれに気が付いて、振り返って男に話しかけた。


「どうかしましたか? もしかして今……」

「いや、なんでもないよ」


 男はそう言うと素早く人混みをかき分け、去って行ってしまう。


「どうしたんだろう。ぶつかった拍子になにか落としたのかなって思ったんだけど、違ったのかな?」

「うん、違ったんだよきっと」


 彼が探しているものは、床には落ちていない。もっと高いところ――天井に突き刺さっている。あのナイフだ。

 あろうことか男は綾乃を刺そうとしたのだ。

 男がナイフを持っていることに気付いたボクは、咄嗟に奪い取って天井に投げた。あとでS班に回収してもらわなきゃ。


(……それにしても、まさかこんなに早く強行手段に出るなんて)


 うん、。予定通りに進めるだけだ。


 綾乃にチケットの発券をしてもらい、ジュースとポップコーンを買って座席に座る。

 ボクはスマホの電源を切るフリをして連絡を入れた。


『G班、よろしく』


 館内が真っ暗になると同時に、ボクは隣りに座ったG班の一人と入れ替わる。同じ格好、同じ髪型。暗がりでは入れ替わったとはわからないはず。

 ボクは映画が始まる前に、誰にも見られず映画館を抜け出した。


 組織の本拠地はここから近い。

 綾乃がエージェントだという誤情報を消すために、本拠地を叩く。

 上映時間の2時間で!

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