第40話 婚約者はやっぱりいろいろ面倒くさい 5
「カタリナ様!がんばって! 」
寒い季節が来た。
雪が混じる風景がちらつく。
外は先日からずっと雪が降っていて、村人が路傍に雪を寄せている。
そんな中、カタリナは産気づいた。ソフィアはカタリナの傍で編み物をしていた。これからうまれる子どもたちに向けて、カタリナとおそろいの靴下を編んでいた。
そう、うまれる子どもは双子。性別はわからないが、医師から胎動がふたつあるときいて慌てて子どもがうまれる準備を整えた。
双子の出産と言えば、先輩としてソフィアの母・ビアンカがいる。双子ゆえの大変な出産はビアンカの助言が参考になった。
そうしてキキとココも混じり、寒い時期はみんなで広間に集まり編み物をし始める。
そうした日常が過ぎていった。
「もう少しでお医者様がくるわ」
タオルなどを用意して、お湯もたくさん沸かす。ヨゼフたちの妻たちを総動員して、女たちでお産の準備を始めた。
苦しそうに呼吸をするカタリナに呼吸を教えながら、ソフィアは出来る限りのことをした。背中をさすり、話しかけて気を紛らわすようにした。
医者が到着し、一緒にきた看護師と準備を整えた。それから時間が長くかかった。
双子の出産は難航した。長時間になれば、いくら健康的になったカタリナでも辛そうだった。
うめき声をあげていた。お産は大変だと思った。カタリナがソフィアの腕を握った。
手首が真っ赤になった。すごい力だ。
夕方にはじまったお産は明け方までかかった。そうして医者いわく、双子にしては安産だったというお産は無事終わった。
******
「ソフィア……、本当にありがとう……」
「カタリナ様ががんばったから、ほらこんな元気な男の子たちが」
カタリナがうんだ子どもは男の子の双子。金髪でブルーの瞳。天使のような赤ちゃんだ。色はオスカーと同じ。
小さい頃のオスカーの写真をみたが、そっくりだった。オスカーにできた双子の弟たち。喜びも二倍だ。
無事うまれたことで、屋敷の中も喜びに包まれた。この屋敷で子どもがうまれるのは、フレーベル叔父さん以来。ヨゼフたちの子どもたちは離れにいるから、本宅では子どもはうまれなかった。
祖父も大変喜んで、我が子のように可愛がっている。マーティンもすっかりケガがよくなり、最近は祖父とあちこち出かけてお酒を飲んでいるようだった。
オスカーは雪が降る前に王都に戻った。しばらくはこちらにはこられないようだった。もちろん子どもがうまれたら、会いに来るというのは手紙でも書いてあった。
ソフィアはこれから子どものこと、そして領主のお仕事と多忙を極めるだろう。
そうして、新しい出来事は続いていく。カタリナの容態が落ち着いたら、みんなで盛大にパーティーをすることになった。
*****
「おめでとう!カタリナ様!」
今日は、新しくできたレストランの開業日だ。フレーベル叔父さんの考案した服も雑貨も購入できる新ブランドレストラン。
名前はポルックス。レストラン・ポルックスはアルーニ氏もデザインを担当した。そしてソフィアもアルーニ氏の制作のお手伝いもした。
新しい生地の開発や、土地の独特の織物など見聞きしたことをアルーニ氏に知らせたりもした。独創的で新しいレストランの形。そんなレストランの開店に合わせて、周辺の人たちと集まって子どもたちのお披露目をした。
マーティン様が次期後継者として、この子どもの成長を見届けたいとみんなに知らせた。そうして、その後見人としてマーティン、祖父のフィル、そしてソフィアがなることが正式に発表された。
ソフィアは子どもたちが大きくなるまでの教育を行い、領主代行としての任務を任される。もちろん、それは王からの任命があった。
マーティン様が王へ手紙を書くと慌てて使者がきたのはあの騒動のすぐ後。ソフィアたちの婚約への口出しは無用ということ、オスカーの父親の処罰などの件を伝えた。マーティンは田舎に来てもなお、王都では影響力が強いらしい。王はすぐに対応した。
そうして、ソフィアとオスカーの婚約は解消された。同時に、ソフィアは期限つきの伯爵兼領主となったのだ。
「お祖父様ったら、またトロンとファンを抱っこしているわ」
双子の子どもは、トロンとファンという名前になった。
トロンは癖毛があり、ファンはそんなに癖毛ではない。そっくりな子どもであるので、今は見分けがそんなにつかない。祖父は久しぶりの赤子が可愛くて仕方がないようだった。
ソフィアとカタリナ、母・ビアンカで手は足りてはいるのだが、よく子どもの顔を見に来るのが祖父。キキとココも弟ができたみたいと喜んでいる。そんな祖父を仕事に戻すのが、なぜだかしっかりしてきている父である。
フレーベル叔父さんはすっかり仕事に忙しくなり、王都にもよく出かけている。
そんな叔父がいなければ、家を切り盛りするのは父である。引退しているとはいえ、権力がある祖父だが、最近は父も意見をはっきり言うようになった。
フレーベル叔父さんは、王都に戻ったアルーニ氏とコンビを組んでこれからもっと事業を拡大していきたいようだ。
その事業の一つ目がこのレストラン。このレストランをもっと国中、いや世界中に広めていきたいようだった。
それを後押ししているのが、侯爵家のオスカーである。
「ソフィア、オスカーから手紙が来てね。少しこちらへ来るのが遅くなるみたい。でもたくさんのプレゼントを贈ってくれたのよ。自分で選んだのですって。どんな顔して選んだのでしょうか」
カタリナは双子達の様子を見ながら、穏やかな笑顔のままオスカーのことを語ってくれた。
カタリナとオスカーはよく手紙をやりとりしているようだ。ソフィアにもたまに手紙をくれるオスカー。それほどの頻度(ひんど)ではない。友人として手紙を交換していて、今お互いがんばっていることを伝え励まし合った。
「オスカー様にはプレゼントを買いすぎないように言わないと、すぐ買いすぎるのだから。カタリナ様も注意してくださいね」
「ええ、もう手紙にも書きました。プレゼントはほどほどにねって。可愛い弟たちでも甘やかし過ぎてはいけませんよと」
ソフィアとカタリナは笑いあった。新しい麦のお酒もお披露目され、マーティンはその美酒に酔った。
双子をようやく離して、酒宴に加わった祖父も酔いはじめた。子ども達は早々に退散して、大人たちは遅くまでお酒を堪能して楽しい時間が過ぎた。
*****
雪がふり、そして静かな夜がふける。そしてまた暖かい日差しが感じられる季節がくる。気がつけば、双子たちもよちよち歩きになった。
ソフィアも仕事に慣れはじめ、子どもたちの面倒をみたり、領主の仕事をしたり、手が空いたときには趣味で服を作ることは続けていた。今度は男の子の双子ファッションを作るのが楽しくなった。キキとココと一緒に服を作る時間が楽しい。
「ソフィア、知っている?ポルックスが、隣の国の王都でもたいへん評判がいいのですって」
「先日開店したと聞きましたが、その隣の国でも開店されるってお話をフレーベル叔父さんから聞きました」
ブランド・ポルックスは世界中に広がりを見せていった。
衣食はもちろん、住に関してもいろんな雑貨をとりそろえて大人気である。
ポルックススタイルというものができて、国を越えて大流行している。中には生活を全部ポルックスのものにそろえるというポルックスライフという現象まである。
どこの国にも属さなく、いろんな国の商人の力を借りて、大きくなっていくポルックス。アイディアさえあれば、どんどん若いデザイナーや職人も雇い入れる。
自由で発想力があるブランドだ。もちろん女性もたくさん働いている。
今では女性の貴族であってもポルックスで働いてみたいというひとが多く、大きな流れが各国で出てきた。その取りまとめをしているオスカーも大変な毎日である。
「オスカーが次に帰ってくるのは、花が咲く時期かしら」
カタリナが呟いた。
子どもたちがうまれてから、何度か顔を見せてくれたが世界を飛び回っているオスカーには休みがないようだった。
ソフィアも会うたびに、どんどん男性の精悍(せいかん)さが増してくるオスカーに不覚にもドキドキしてしまうことがあった。
自分のやりたいことをして、夢中になっているオスカー。仲間にもたくさん出会えて、世界を渡り歩いている。その自信がオスカーを一層魅力的にさせていった。
前のような暗さはなく、キラキラまぶしい笑顔を見せてくる。ソフィアは、変わっていくオスカーをみるたび自分には手が届かないひとに感じることが多くなった。
王都から来るひとの話を聞くと、オスカーは世界中で人気があるということだ。貴族や王族の女性から婚姻話を持ちかけられるらしい。それもすべて断っているらしい。カタリナからはたまにからかわれる。
「オスカーったら一途ね」
「もうわたしのことなんて、忘れてしまったと思います」
冗談を言い合いまた日常が過ぎる。そうして時間は過ぎていき、ソフィアが王都から祖父の実家に住むようになって何年かたった。
うまれた双子たちも歩くようになって、今では流ちょうに話せるようになった。
ソフィアは今日も午前中に双子たちに勉強を教えていた。簡単な礼儀作法から文字の練習をさせている。もちろん手が届かないところは教師を雇ったりして、できるだけのことはしている。
できるだけ手をかけてあげたい、それが後見人としてできることだとソフィアは思っている。
ソフィアは、マーティンの屋敷に移り住むようになった。マーティンはソフィアの実家の離れ一棟に移り住んだ。マーティンは祖父とでかけることが多いので、領主を本格的に隠居してソフィアと入れ替わるようにそちらに移り住んだ。ソフィアはカタリナと一緒に城に住むことにした。
そうして実家からお手伝いさんを連れてきた。カタリナと一緒に王都からやってきた女性の召使いも一緒だ。
「ここの部屋、どこかで見たと思ったら。マーサたちの家に似ているのよね」
移り住んでからキキとココも城に遊びにくるようになった。するとこの部屋をみたことがあると言っていた。そう王都でお世話になっていた、大商人の夫婦の家の部屋に似ていた。
確か夫妻の話によると、あの邸宅は貴族階級のひとと平民との間にできた落とし子が住んだという部屋。そこはかつてマーティンが育った邸宅だったことがわかった。
王都の光景をたまに思い浮かべながら、その広間でソフィアは仕事を続ける。
暑くなる季節がきたら、ココとキキたちの親友のマーサが遊びにきてくれるという。
大きくなってきて、淑女になってきたココとキキ。いろんな思いを語り合うだろう。
ソフィアはマーティンお気に入りの、窓の大きな広間でゆっくりお茶を飲む。すると、来客がきたと連絡があった。
******
「オスカー様……久しぶりね」
「ソフィア、今日は母上を訪ねて来たのだが……。入れ違いだったみたいだな」
「ええ、今日は母とカタリナ様とで双子をつれてお出かけなのよ」
「そうか、母上が楽しそうでよかった」
「カタリナ様もいろいろポルックスの作品のアイディアを出してくださるのよ。双子のファッションで思いつくことがたくさんあって」
「ありがとう、ソフィアたちのアイディアを出してくれた企画で評判がよかったのもあった」
お手伝いさんがオスカーにお茶を出してくれる。久しぶりに出会うと何故かドキドキする。
オスカーと顔を合わせるだけで、なぜ頬が赤くなるのだろう。見ない間にどんどんかっこよくなっているのはわかる。
自信をもって生きていることが、どれだけ魅力を増すのだろう。
「オスカー様、カタリナ様から聞いているの。仕事をがんばり過ぎてないかって心配されているわ」
「大丈夫だよ。今は仕事が楽しいから。すっかり休むことを忘れてしまうこともあるけれど。倒れるわけにはいかない」
「ええ、みんなの中心になっているのですもの。オスカー様がいなくては、みんなが困ってしまうもの」
「ありがたいことに、いい仲間に恵まれて仕事をしているよ。フレーベルさん、アルーニ、そこからたくさんのひとに出会えている」
「オスカー様は、変わったのね」
一人でがんばってひとを近づかせないような雰囲気がオスカーにはあった。だが今は違う。
人を信頼して、そして信頼されている。生活が充実していることが十分に伝わってきた。
その表情が安定した仕事ぶりを感じさせ、ソフィアは安心した。だが同時に少し寂しさも感じていた。
知らない人のようだ。
ソフィアの知らないところでどんどんオスカーは成長していってしまう。世界を駆け巡って、自分の知らない世界へ行ってしまう。
「変わったのかな。もし変われたのなら、みんなのおかげだろうな」
「ええ、そう言えるオスカー様がかっこよく見えるわ」
思わずソフィアは言葉を出してしまった。本当にかっこいいと思えたのだ。恥ずかしいという感情より先に言葉がでてしまった。
そんな心からの言葉にびっくりしたのは、何よりもオスカーだった。ソフィアは恥ずかしくなって顔が赤くなるのを感じた。そうしてオスカーの顔を見る。するともっと真っ赤になったオスカーがいた。
二人して真っ赤になってしまう。まるで初恋の子どものような反応である。今まで感じたことのない気恥ずかしさ。
何を言えばいいかわからなくなる。
「ありがとう……」
ふっと爽やかに笑うオスカー。嫌味もなくただ綺麗な表情だった。ただよう男性の色香というのだろうか。綺麗なのにくらっとしてしまいそうな雰囲気があった。ソフィアはますます顔が赤くなってしまう。
何も言えず黙ってしまうと、扉が開いた。
「お邪魔……だったかしら?」
カタリナが帰ってきた。二人をみて遠慮がちに尋ねてきた。
「いえ、そんなことないです!」
ソフィアは首を振って否定した。オスカーは席をたって、双子たちの出迎えをしていた。
まるで父親のように子どもたちを抱きかかえる。もし、ソフィアが結婚して、子どもをうんだらこういった光景が見られるのだろうか。
ふと思い当たって、また顔が熱くなるのを感じた。
「ふたりとも顔が赤いわ」
カタリナはそのまま双子を連れて出て行った。そっと扉を閉めた。その後にソフィアの母も来た。キキとココも一緒に。扉から聞こえてくる声。
「ソフィア、あの……次の長期的な休みが入ったら……」
「何?オスカー様……」
じれったい声が聞こえてくる。扉越しからココとキキは聞き耳を立てた。それを母ビアンカが止める。ココとキキは顔を見合わせて、母親に尋ねる。
「オスカーとお姉様、デートの約束?」
「でも婚約していたのでしょう?結婚かな?」
「ココ違うでしょう?婚約……破棄になったって」
「キキでも、お姉様はオスカーのこと嫌いではないみたいよ」
「でも婚約はなしになったのでしょう?なんでかしら?」
「難しいね、大人の事情?」
「いろいろ面倒くさいね、大人って」
「うん、オスカーもお姉様も面倒くさい」
「うん、面倒くさい!」
二人は声を重ねて扉から離れていく。母は何も言わない。
デートを取り付けたオスカーが嬉しそうに部屋から出てくるのは、また少し時間がたってから。
面倒くさい元・婚約者たちの初々しい恋愛がこれから始まるかどうか。
二人の新たな季節の訪れには、もう少し時間が必要なのかもしれない。
婚約破棄したら、人畜無害の(元)婚約者がいろいろ面倒くさい 杜咲凜 @morinoki
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