私と「私」

西田彩花

第1話

 また、眺めている。私を見つめるその目は、いつも悲しそうだ。今日も溜め息をつきながら、私を眺める。悲しいのなら、溜め息をつくのなら、私を見なければ良いのに。


 私はその目が嫌いだ。できることなら、前みたいに笑ってほしい。


・・・

 彼とはバイト先で出会った。イケメンで、お客さんからも人気があった。彼目当てで来店するお客さんも少なくなかったと思う。


 私は決して目立つ方ではない。だけど、彼は私に対しても優しかった。その優しさに、私は惹かれていった。2人で残って後片付けをしているとき、ディナーに誘われた。そこはちょっぴり大人なイタリアンで、周りはカップルばかりだった。彼とカップルであれば良いのに、と少し思った。


 それから遅番が重なることが増え、バイト先での会話も増えた。私はどんどん彼を好きになっていった。でも、私には分不相応だと思った。


 そんなとき、帰りに呼びとめられた。公園に誘われ、そのベンチで告白された。私が頷くと、彼は私にキスをした。ファーストキスだった。この時間がずっと続けば良いのに、と思った。


 バイト先では付き合っていることを内緒にした。ただでさえ人気のある彼なのに、私が付き合っているなんて知られると、きっと嫉妬されるに違いない。だから、今まで通りを装った。


 デートは人目につかないところを選んだ。お祭りなんかに行けないのはちょっとだけ寂しかったけれど、嫉妬心に晒される方が嫌だった。デートの帰り道、1枚だけツーショット写真を撮った。私は上手く笑えただろうか。緊張のあまり、笑顔を作れなかったかもしれない。


 そんなときの話だ。学校から帰るとき、たまたま彼を見つけた。バイト先以外で偶然出会うのは初めてだ。彼の隣には、美しい女がいた。どこを見ても敵わないと思った。彼女は彼と腕を組んで歩いていた。お似合いだなと思った。私よりも随分お似合いだな、と。ずっと浮気されていたのだろうか。


 彼はそんな素振りを見せなかった。私だけを愛しているかのような、前と変わらない態度だった。


 それだったら。それだったらそれで良い、そう思った。今の幸せが壊れてしまう方が怖かった。


 バイト先で、集団の女子が入ってきた。それ自体は珍しいことではないのだが、その中に、以前彼と歩いていた彼女がいたのだ。私は顔を強張らせた。


「えーあれ?マナの彼氏が遊んでるって女」

「遊んでるって、ちょっとからかってるだけだよ」

「ま、そうだよね。あんなブスに何もできやしないって」

「マナって独占欲とかないの?からかってるだけっていっても、私は嫌だなぁ」

「あのね、彼はイケメンでモテるんだから。ちょっとくらい余裕がある女の方が良いのよ」

「きゃはは、大人ぁ」

「どっちが遊んでんだか」

「ちょっと!私は本気なんだから。でも安心したわ。やっぱりブスだって確認できて」


 大声でこちらを見ながら喋っている。


—そうか、私は遊ばれていたのか。ブスだと、嫉妬すらされないのか。


 彼女たちがこちらに歩いてきた。私は知らぬフリをしたが、名指しで注文された。名前も共有して遊んでいたのか。


「タカギさん、注文良い?」

「私はカフェラテ」

「私は…この期間限定のにしよっかな」

「私は抹茶ラテ。ねぇ、タカギさん、聞こえた?今日彼休みでしょ?寂しいわね。だけど、あなた、遊ばれてるだけなのよ。寂しくもなんともないわ。彼が愛しているのは、私だけ。自分が彼に相応しくないって、鏡を見たらわかるはずよ」


 彼女たちは笑いながら言った。


 私は何も考えないようにしてレジをした。考えないようにはしたけれど、頭が真っ白になったという方が正しいかもしれない。何も考えられなくなった。


 その日、店長に辞めたいと言った。店長は私を引きとめなかった。彼女のように美しかったら、ここでも引きとめられるのだろうか。

・・・


 今までは幸せそうな目で私を見ていた。だけど今は、溜め息をつきながら、悲しそうな目で私を見る。それなら私を見なければ良いのに。悲しいのであれば、どうして私を見るの。


 また今日も、引き出しから私を取り出す。そこには悲しい「私」の目があった。


「写真なんか撮らなければ良かった…」


 今日はそう言って、私を引き出しに収めた。その言葉を聞いて、私は「私」をもっと嫌いになった。


 思い出に浸って前に進めないのであれば、私…写真…の意味はないのかもしれない。それだったらいっそのこと、私を捨てて前を向いてくれれば良いのに。「撮らなければ良かった」写真を、明日もまた見るのだろうか。その悲しい目で。


 私は悲しい思い出になるために生まれてきたのだろうか。

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