第6話 ENCOUNTER
都立品川高校、そして大井町駅の鉄道模型店を、鉄道模型コンテストに参加するための模型造りメンバー集めに悩みながら訪れていた根岸ゆい、瀬戸北斗、能登信二の視線の前に、同じ品川高校の制服を着た少女が棚に並べられた商品を興味深そうに眺めていた。
「…話しかける?」
小声で二人に話しかける北斗に、信二も小声で返す。
「…でも、鉄道研究部に入りたくない鉄道ファンだったらどうする?」
鉄道模型に限らず、旅行・撮影はじめ鉄道趣味は、基本ひとりで出来るものである。だから自分で自由に趣味活動をしたい、あるいは部活の人間関係が疎ましい、といった理由で、鉄道研究部に所属しない鉄道ファンがいてもおかしくない。
「…一応、声をかけてみよう」
「…ちょ、ちょっと」
ゆいは手で拳をつくってから、北斗の声を無視して、少女に歩み寄る。
その気配に気がついた少女が、顔を上げてゆいの方を見た。
「あのう、すみません、品川高校の方ですが?」
「…そうですけど?」
「…で、声かけたんだけど、鉄道ファンじゃなかったんですよね、彼女」
翌日、品高鉄道研究部の部室で、北斗がぼやくように水上(みなかみ)秀雄に話していた。
北斗と水上の他に、信二と少しうつむき加減のゆいがテーブルを囲んでいた。そして、テーブルから少し離れた本棚の前で、佐渡慶太が立ったまま、OB達の鉄道写真が貼られたアルバムを眺めていた。
「鉄道ファンでもないのに、何でまた鉄道模型店に?」
「建築の模型に樹木を植えようと考えて、それを探しに鉄道模型店を訪れていたそうです」
「建築?」
「だから、鉄道研究部に誘いづらくなっちゃって…」
信二の言葉に、水上は黙って頷いた。
「でもですね、後で調べたら、建築家って建築の模型を造ることがあるみたいです。なら鉄道研究部に誘ってもいいんじゃないかって…。ただ、名前を聞きそびれちゃった上、うちの学年では見かけたことのない人なんで…。水上先輩、心当たりありませんか?」
北斗が水上に手を合わせる。
「…なるほど、模型造りで共通点があるということか」
北斗と信二、少し遅れてゆいが頷く。
「だけど建築家志望って、うちの学年にいたかなぁ…。まあいても誘うのは難しいだろうけど。…2年生はどうなんだ、佐渡?」
水上が佐渡の方を向いて声をかける。
「…あいつじゃないですかね、A組の逗子」
アルバムに視線を向けたまま、すこし面倒くさそうに佐渡が答えた。
「なあ、佐渡、お前から…」
「嫌ですよ、別に無理して鉄道模型コンテストに出る必要ないですし」
佐渡はアルバムに視線を固定したまま、そのページをめくった。
「お前なぁ、もうすこし部長として後輩達のサポートを…」
「…いや、私たちから逗子さんにお願いしてみます」
ゆいが真剣な表情を水上に向けて言った。
「相手はお前達より先輩だぞ?せめて俺や山口も一緒に…」
「…もしかしたら、また後でお願いすることががあるかもしれません。でも、まずは実際に模型造りをする私たちが、逗子さんに参加をお願いするのが筋だと思います」
「それに、3年生がお願いしたら、パワハラチックになっちゃいますよ?」
「…そうかもしれんな」
ゆいや北斗の言葉を聞いた水上は、腕を組んで少し考え込んでから、ゆい、北斗、信二を見渡した。
「…だが、プレゼンの練習はした方がいいだろうな。なにせ先輩を仲間に引き入れようってんだからな」
2日後の昼休み、逗子桜のクラスの教室の前で、ゆいや信二だけでなく、北斗まで緊張を隠せない表情を浮かべていた。
「…逗子先輩への話のきっかけ、やっぱり北斗が向いているんじゃない?」
「いや、なんで俺が?」
「北斗はさ、僕たちの中で外交的だから…」
「それなら、同じ女性の根岸がいいと思うぜ?」
「ちょっと待って、3人で一緒に逗子さんに、って話だったじゃない。今になって…」
緊張の裏返しか、ゆい達は入口で揉めはじめた。
「…私に何の用?」
ゆいたちが振り返ると、やや不審げな表情の表情の桜が立ってた。
「…あなたたち、そこの鉄道模型のお店で会ったことあるわよね?」
「はい、あの時は失礼しました」
ゆいは桜に頭を下げた。
「私、鉄道研究部1年の根岸です。で、二人は同級生で同じ部の瀬戸君と能登君です」
北斗と信二もゆいに頭を下げる。
「で、何の用かしら?」
ゆいは、疑問の表情を浮かべた桜をじっと見据えた。
「ぶしつけな質問ですみません。逗子さんは何か部活をやっていますか?」
「…いや、帰宅部だけど?」
「…お願いします、逗子さん、鉄道研究部で一緒に鉄道模型を作ってください!」
ゆいは桜にふたたび頭を下げた。
「あ、あのね、私は鉄道や鉄道模型には、全く興味がないんだけど…」
「…でも、模型には興味ありますよね?」
とまどいを表情に浮かべた桜に、北斗が話しかける。
「建築模型、というのがあるそうですね?建物を設計するときに、検討や施主などに説明するためにつくられる…」
「…あるわよ?」
「逗子先輩は、その材料を探しに、鉄道模型店にいたんですよね?」
北斗の問いに、桜は黙って頷いた。
「僕らが作ろうとしているのは、実物の風景を模型にしたモジュ…、ジオラマです」
鉄道模型の専門用語である「モジュール」でなく、一般的な言葉の「ジオラマ」に言い換えた信二は、持参したタブレットで、これまで品川高校が鉄道模型コンテストに出展したモジュール作品と、そのモデルになった風景を映し出した。
「このジオラマ制作に、逗子さんの建築模型の知識が役に立つとおもいます。ですので、私たちに力を貸してください!」
ゆいはみたび、桜に頭を下げた。
桜はタブレットに映し出されるモジュール作品を真剣な表情で見た後、桜の方を向いた。
「でも、あなたたち、鉄道模型をやっているんじゃないの?」
「…実に3人とも初心者です」
「あなた達の先輩に、これだけの模型を作る人がいるんでしょ?その人たちに教えてもらったりすればいいんじゃない?」
「2年生に鉄道模型に興味がある先輩はいません。それに、去年の作品は主に今の3年生が作った作品なんですが、受験を控えた先輩達には、あまり負担をかけたくないんです」
「…ちなみに、今の部長って?」
「佐渡先輩です」
「ああ、佐渡君ね…」
疑問は解消したが、納得しているわけではない…。桜の表情を見て、ゆい達はそう感じた。
「…今日は突然すみませんでした、これで失礼します」
信二が切り出したあと、3人でゆいに頭を下げる。
「でも、是非、考えてください」
頭を上げてゆいは、ダメ元の気分で念を押した。
桜からの返答はなかった。
「そう簡単に上手くいくわけないわよ」
その日の放課後、鉄道研究部の部室で落ち込んでいるゆいに、3年生の前部長・山口希が声をかけていた。
「ましてや口説いた相手が先輩なんだし…」
手にしていたペットボトルのジュースを一口飲んでから、希と同じ3年生の釧路晃が言葉を続ける。
「それにさ、ノーと言わなかったんだから、可能性あるって」
「それは、楽観的すぎると思うけど…」
明るく言葉を続ける北斗に対し、信二はやや懐疑的な言葉を浮かべた。
「逗子さんがダメでも、私たちでカバーするから、ね?」
希がゆいの肩をポンと叩いた。
「俺たちが受験で忙しくなった時には、OBにヘルプ頼みます?梅小路先輩とか…」
「その手もあるけど、梅小路先輩をはじめ、みんな忙しいと思うわよ?」
鉄道模型コンテストの作品作りの中核となったOB・OG達、大学などに進学したものの多くが大学の鉄道研究部(鉄道研究会)の中核を担い、就職したものでも社会人を中心に結成されている鉄道模型サークル・クラブに参加していることが多い。
今、ゆい達の話題になっているOBの梅小路公彦は、品川高校鉄道研究部在籍当時から、鉄道模型コンテストの出展作品が注目されて、凄腕ビルダーとして名を馳せたつわものである。現在、梅小路は大学の鉄道研究部に籍を置いているが、最近はその鉄道研究部の活動だけでなく、鉄道模型雑誌で作品を発表したり、民間の鉄道模型サークルにも参加したりしているという。
「せめて、その梅小路さんがまだ学校にいれば…」
「何、梅小路先輩の弟子の俺たちじゃ頼りない?」
ため息をつくゆいに、釧路が混ぜ返す。
「すみません!そういう意味では…」
ゆいは慌てて手を横に振る。
「まずは僕たち3人だけで頑張ってみますが、何かの時は、先輩、よろしくお願いします」
信二が希や釧路に頭を下げた。
「問題は、それで佐渡くん達2年生が納得してくれるか…」
「私たちで支える、って頑張るしかないわよ」
急に不安げな表情を浮かべた釧路を、希が肘で小突いた。
ゆい、北斗、信二の三人は、夕暮れの東海道本線・京浜東北線を沿いの道を、大井町駅に向かって歩いていた。
「もう葉桜なんだね…」
ゆいの視線の先、線路沿いに植えられた桜は、青葉を生い茂らせていた。
「…あれ、確かうちの生徒じゃないか?」
ゆい達が歩く道の、東海道本線・京浜東北本線の線路を挟んで反対側には、山手線の車庫であるJR東京総合車両センターが広がっている。
その風景をフェンス越しにじっと見つめる少年を見つけた北斗が、ゆいや信二に声をかける。
彼がクラスメイトの大鳥隆であることにゆいは気がついたが、それまでの隆の微妙な態度を考え、北斗の問いに返答しないことにした。
「ちょっと声をかけてくるわ」
北斗はそういうと、足早に隆に近づいた。
「君、品高の生徒だろ?もしかして、鉄道に興味がある?」
隆は黙って北斗、そしてゆいと信二を見てから、何の言葉も発せずに足早に商店街の方へ向かっていた。
「…違ったのかな?」
ゆいと信二の方を向いた北斗は苦笑した。
僕らの夏 ~都立品川高校鉄道研究部模型班~ SHIN @SHIN1224
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