YプロリレーNo,1

薮坂

2000光年のアフィシオン 第1話


 それは、野獣にも似た咆哮だった。低く太く唸りを上げ、しかし絞り出すように悲しくも聞こえる悲痛の声。一体どこから聞こえてくるのだろう。



 眼前には敵。そう、あれは敵だ。敵とは己の目的を妨げる邪魔者に他ならない。それならばどうするか。この目の前の「敵」たちを、どうすればいいのか。


 ──愚問だ。敵ならば屠るまで。殺らなければ殺られる。それは、人間が文明を築く遥か前から決まっていること。誰かに教えられた訳じゃない。きっと生まれる前から、それはこの肉体に刻み込まれている原初の記憶と言ってもいいものだ。

 俺は思わず、可笑しくて笑ってしまった。「敵に立ち向かう」というこの本能。太古からきっと、人間に備わっている意思とも呼ぶべきもの。それは、こうして現代技術の粋を結集して造った、神経接続戦闘航空機──アフィシオンに乗っていても変わらないということに。どれだけ科学が進化しようとも。結局、人間はケダモノなのだということに。


 俺はまた笑う。そして決断する。まずは目の前の敵を墜とす。あれこれ考えるのは、その後でも遅くはない。息を大きく深く吸って。俺は敵機の背後から襲い掛かる。その時にようやく理解した。

 あの咆哮。低く太く、しかし悲しげに聞こえる悲痛な声。それが、自分から発せられているものだということに。



 ────────────



「おいッ、アルバ! なに勝手に仕掛けてんだッ! 上からの命令は出てねぇぞ!」


 僚機のオペレータであるフォッカが怒鳴り散らした。機体と自分は神経接続されているので、にその罵声が直接響く。

 こいつとは長い付き合いになるが、この声だけはいただけない。腕は確かなオペレータだが、戦闘機乗りにしては臆病に過ぎるのだ。

 俺はその声を完全に無視して、約5キロ先の敵機に機首を向ける。この機に操縦桿の類はない。あるのはHUDのついたヘルメットだけ。オペレータの脳波を読み取り、機体のマニューバを瞬時に実現する。これぞ、アフィシオン最大の特徴だ。


「アルバ! 聞いてんのか!」


「少し黙れ、フォッカ。敵機はまだこちらに気付いていない。やるなら今だ」


「バカ言え、相手は5機だぞ! こっちはオレとお前の2機だ! 敵うはずがねぇだろ! それにヤツらが気付いていたらどうする、返り討ちはごめんだぞ!」


「あの編隊飛行を見ろ。哨戒飛行中に違いない」


「どうしてそれがわかる?」


 フォッカの焦りが声から見て取れる。焦ると怒鳴るその癖。少しは見直したらどうだ。だが俺は、それを口にはしない。命のやり取りをする戦闘に、そんな暇はないのだから。


「見ろ。相手は随分と余裕の見えるマニューバだ。慢心が見て取れる。それにこちらは雲の中。技術部が新開発したステルスとも相まって、相手のレーダには映ってない。ここで5機墜とせば、次の戦闘は有利になるぞ」


「オレたちに『次』があればのハナシだろ」


「次を作るのも俺たちの仕事だ。行くぞフォッカ。俺は編隊の最左翼をやる。お前は最右翼を頼む。挟撃だ」


 機体を右にロールさせ、背面飛行の姿勢をとる。そこからヨーを入れつつピッチアップ。空気の壁でブレーキを掛け、重力をも味方につけて急降下。

 HUDに敵機を捉える。ここからが本番だ。


「あぁもう、クソッ! 終わったら一杯奢れよ! オレより先に墜ちるなよ、アルバ!」


 フォッカは悪態をつきつつ機体を躍らせた。コンバットマニューバ。俺と同じように急降下しながら、その機首を編隊の最右翼へと向ける。


 眼下に広がるのは果てしない海。大昔、地球温暖化という現象で、南極にある氷が融けて陸地の半分が海に沈んだらしい。俺たちが生まれる遥か前の話だ。詳しいことは知らないし、知る必要もない。

 俺たちに与えられた任務は、敵機を墜とすこと。ただそれだけ。そう、それだけ。後の難しい話は、大人に任せておけばいい。


 この戦争の勝利が、いつか約束の地へ導くと大人は口々に言う。約束の地が2000光年離れた別の惑星だとか、そこに行くための手段を得る戦いだとか、そんなことに興味はない。ただ命じられたままに戦う。それが俺の、つまりはアフィシオンに乗る者の存在価値だ。



「──コンタクト! アルバ、敵機に探知されたぞッ!」


 フォッカの怒声が入る。それと同時に、敵編隊が散開した。だが遅い。既に敵機は、主武装の短距離ミサイルの射程内。

 3キロ先。俺のレーダが、敵機にスパイクする。きっと今頃、敵機のアラートシステムは唸りを上げているだろう。その音が最後だ。顔も知らない敵が、最後に聞く悲しい旋律。

 俺は迷わずミサイルを撃つ。微塵の躊躇いもない。舌なめずりをするのは、墜とした後でも遅くはない。

 射程を犠牲にして速度に特化した短距離ミサイルが、光の尾を引いて敵機に猛進する。瞬間、ミサイルが敵機に刺さる。狙い通りだ。爆発し、黒煙を上げて一機が墜落。残りは4機。


 敵の冥福を祈る習慣は持ち合わせていない。機体を左にロールさせ、水平飛行。すぐさまピッチアップ。左ヨーを若干入れつつ、フルスロットル。流れるようなマニューバで、俺は次の獲物に迫る。

 HUDに表示されたのはスパイクのアイコン。次機をロックオンした証だ。すぐさま次弾を撃つ。ミリ秒の迷いすらない。有効射程内だ。たとえ相手がフレアを撒いても、距離が近すぎるミサイルには無力である。

 放った次弾も、斯くして2機目の敵機へと刺さった。瞬間、爆発。轟音と共に墜ち行く機体。残り、3機。


 いや2機だ。フォッカの撃ったミサイルが、編隊の最右翼を墜としていた。いや、もう散り散りになって編隊ではなくなっているが。


「アルバ、残り2機だ!」


「わかっている。俺は左を追う」


「気をつけろ、そっちは編隊のアタマだった機だぜ」


「油断するなよ」


「そりゃオレのセリフだ! お前はもうちょい慎重なマニューバをしたほうがいいぞ。戦場ではな、臆病くらいがちょうどいいんだ」


「お前は臆病に過ぎるけどな」


「ふん、言ってろ!」


 1キロ離れたフォッカの機は、大きくピッチダウンをして敵機を追う。俺も眼前の敵を見据える。確かにこの機は、編隊飛行していた時の頭の機だ。きっと、5機の中で一番手強いのだろう。だが問題はない。

 頭の中でイメージをする。それが実際のマニューバとなってアフィシオンは舞う。それならば。

 空飛ぶことを世界で一番愛している、俺が最強なのは間違いない。決して驕っている訳ではない。純然たる事実なのだ。

 敵も世界も戦争も、俺には興味を見いだせない。興味があることはただひとつだけ。そう、ひとつだけ。


 この空を自由に飛ぶこと。ただ、それだけなのだ。



 ──急降下。ロールを入れて背面飛行。左ヨー、ピッチダウン。もう一度ロール。敵機をスパイク。

 ミサイルシーカが赤く染まる。ロックオン。

 躊躇いなど必要ない。ただ、自分が少しでも長くこの空に居られるように。俺は眼前の敵を墜とすだけ。


 放ったミサイルはまたも輝く光の尾を引いて。狙った通りに敵機に刺さった。

 爆発。轟音。黒煙を噴き上げて。ゆったりと墜ちていく敵機。翼を失った銀翼は、重力という鎖に手繰られる。

 さよなら。名前も知らない敵たちよ。



「──やるじゃねぇか、アルバ。3機も墜とすとはな」


 聞きなれたフォッカの声が入る。落ち着きを取り戻しているということは、5機目を墜としたということだろう。


「生きてたのか、フォッカ。最後のはやったのか」


「あぁ、なんとかな。お前みたいにスマートじゃねぇけど。しかし一体、どんな神経してんだよ。お前のマニューバ、見てるこっちが怖ぇぞ」


「少しでも、長く空に居たいだけだ。俺はそのために戦ってる」


「お前がみんなに『変わり者』って呼ばれてる意味がよくわかるぜ。普通はな、みんな死にたくねぇんだ。でもお前、死ぬより飛べなくなるほうが怖ぇんだろ」


「みんなそうだろ」


「みんなじゃねぇ。お前だけだ。ま、とりあえず基地に戻ろうぜ。お前に一杯奢ってもらわねぇとな」


 フォッカはそう言い、機を基地の方角へと向けた。名残惜しいが、今日はここまでのようだ。

 いつまでも飛んでいたい。叶うのならずっと。自分が死んでしまう、その瞬間まで。


 傾きだした太陽を背に。2機のアフィシオンが滑るように飛んでいく。どこまでも、どこまでも。終末が近いこの地球の、大空を。




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 第2話はこちら。


https://kakuyomu.jp/works/1177354054890620812


 第3話はこちら。


https://kakuyomu.jp/works/1177354054890623821



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