最終話【中年も老人もいない世界】

 扉の向こうに美少女が数十人ずらっと大集合して「いらっしゃいませ勇者サマ」とか言ってたらその不自然さには一発で気づいただろう。

 しかし当初そうは思わなかったのは、そこに男もいたからだ。半裸の男など本来論外なのだが初見でそういう気分にならなかったのは『意外に見苦しくなかった』からに違いない。

 女は全て美少女だった。それだけじゃなく男は全て美少年だったのだ。

 なんとなく心がざらつくがそれ故この不自然さがいよいよ無視のできないものになっていた。


 俺はいちばん最初に遭遇した半裸の美少女に尋ねた。


「中年や老人の人が見当たらないけど」と。


 肌感覚ということばがある。論理的には説明できないけど〝そうなんじゃないか〟と直感するという感覚だ。俺がことばを発した瞬間、ドアの向こうの街の広場、その空気が硬直したように感じた。


「それは……」と現にいちばん最初に会った半裸の美少女は口ごもっている。


 なにか不味いことを言ったろうか? 俺はここで『なんでもいい、なにか言わねば』と思った。フォローが必要な感じがした。


「もしかして君たちは寿命が短いのか?」俺は訊いた。中年や老人がいないとなれば当然出てくる発想だ。

 彼女を追って向こうの世界に行ってその彼女がいなくなってしまったらなんのために行くのか? 行ったら最後、戻れないと分かっているのにいなくなってしまったらなんのために行くのか?


 いちばん最初に会った半裸の美少女、彼女の目が泳いでいる。泳いでいるばかりではなく潤んでもいる。しかし最終的にその目は俺の目を見つめていた。


「逆です」彼女はひと言そう言った。

 その刹那舌打ちの音を俺は聞き逃さなかった。そして周りの人間たちの目、目、目、あの目。もはやこの場が、詳しくなにかをいろいろ訊いていいような雰囲気に無いのは明らかだった。

 俺は今の極めて短いやり取りの中に真実を見出そうとした。


 『寿命が短いのか?』と訊いた答えが『逆です』。


 つまり彼女たちの寿命は長い。

 一方で俺だ。彼女たちより寿命が短い可能性があるのでは?

 そして中年や老人の姿を見ない世界————

 カシャッとひとつ、繋がる音がしたような気がした。

 『これが新しい勇者か』

 あのことば……


 まてよ……もしかして彼女ら彼らは寿命のみならず、ひょっとして容姿すらあのまま変わらないのかもしれない——

 そして異世界から召喚された勇者は老いさらばえ……常に新しい勇者が召喚され続け……


 唐突だった。

「どうか良き人生を」いちばん最初に会った半裸の美少女はそれだけを口にした。開いていたドアはきしむ音とともに閉じていく。

 あっ、と思ったときは既にバタンと音を立て扉は閉まっていた。

 反射的にドアノブに手が伸びドアを開ける。しかしドアの向こうは物置の壁。もはやこのドアは何処の世界にも通じてはいない。


 あっという間だった。最後はどんな顔をしていたのか? 微笑んでいたのか泣いていたのかその両方か——

 分からない。ことばを使っては考えられない。ことばで考えれば考えるほどあの顔がもっとぼやけていきそうで。


 ただはっきりしていることがひとつだけある。

 あのコだけが正直で誠実だった。


 もう一度ドアを閉めそして開ける。しかし、相変わらずドアの向こうは物置の壁のまま。閉める、開ける。閉める、開ける。閉める、開ける。

 しかし扉の向こうが不思議な世界に繋がることは二度と起こらなかった。


 

                   (「扉の向こうは不思議な世界」了)

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扉の向こうは不思議な世界(敢えてそのまんまのタイトルで勝負!) 齋藤 龍彦 @TTT-SSS

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