第5話
雨が降ってきた。慌てて洗濯物を入れる。天気予報は曇りって言ってたけど、傘をもっているのだろうか。迎えに行った方がいいのか、ちょっとメールを送ってみることにした。すぐに返信がきた
『ありがとう、大丈夫。今日は道が混んでるから電車で帰るよ。』
7月14日。大切な人の誕生日。私はこの日、必ず高校の時のことを思い出す。
正雄君は元気にしてるのだろうか。私たちグループの中心だった正雄くんはいつも仲間を大切にしようとしていた。いや、敬ちゃんも佐野君くんも、みんなきっとそうだったと思う。誰かが何か想いを言えば、すべて崩れてしまう、そんな絶妙な「青春」というバランスの中に私たちはいた。微かな意思表示をするのが精いっぱいで、誰もが学校でお互いの気持ちを探りあっていた。結果的に私はみんなを裏切り、自分だけ幸せになろうとした。大切なたった一人を自分のものにしようとした。みんなのことは好きだけど、自分に正直にありたいと思った。
あのラブレターを読んだ正雄くんは、絶対に私には連絡はしてこないだろうと思った。
彼は敬ちゃんが好きで、そしてみんなのバランスを一番保とうとしていたからだ。その彼が大切に保とうとしたバランスを崩すこと―
それが私の目的だった。
卒業してしまえば、みんなと会うことなんて早々ない。それだったら。
「ただいまー」
「今日は頑張ってオマールエビのムースを作ってみたよ。パンはいつもの店にギリギリ間に合った。ワインは今、冷蔵庫で冷やしてるから早く着替えておいでよ。ごはんにしよう。」
敬ちゃんはスマホを充電器に置いて、洗面所に向かった。
「濡れたんだったら先にシャワー浴びたら?」
「そうしようかな。パリは晴れだって天気予報が言ってたのになぁ。」
「じゃあごはんの準備して待ってるね。」
「ありがとう。あ、これお店のケーキ。店長から今年ももらってきた。」
さっきからマキが隣でワンワンとうるさい。きっといい匂いでごはんを待ちきれないのだろう。
私は、パリで大切な人と幸せな生活を送っている。いつか正雄くんに会えるとしたら、私は彼と笑って高校生活の思い出を話すことができるのだろうか。テレビでは独立記念日のパレードの様子が流れていた。
しのぶれど ねこさん @nekosan310
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます