第54話 俺の幻獣物語
「そういえばアンピトリテ、あなたのお子のトリトンさま、いらっしゃいますわよね?」
「むっぐ……はイ、おりますヨ。……まさかあの子がなにかエレノアサマに粗相を……!?」
「いいえ、母思いの子だと聞いております。ところでアサラ民族の大予言はご存じ?」
「あさラ……?」
「一年後、トリトンさまが日本を海に沈めるそうですのよ」
「!? そ、そ、そ、そんなことしたラ!? サニワの泉もこの美味しいお菓子も全部沈んでしまうじゃありませんカ!!」
「そうなの。だから、アンピトリテ。どうか、母としてできるだけ海の底に沈めない方向に話を持っていってほしいのだけれど」
「わかりましタ! 他ならヌエレノアサマの頼みネ私、がんばりまス!! 母として、あの子を説得して見せまスワ!」
ふんっと鼻息も荒く決心してるアンピトリテさんには悪いが、右手にもってるフォークとその先に刺さっているピーチパイで格好がついてない。せめてこれが先端に宝石なんかついた杖とかだったら格好もついたんだろうけど、色々台なしだ。
そもそも人はいいんかいって感じ。あっ、いいに決まってますよね。自業自得ですもんね。というか大事なのはあくまで沙庭の泉とお菓子ですね、しかも俺の。ありがとうございます。……最初から婆さんに素直に話を通してれば、一番平和的な解決になったんじゃないかなって俺思うんだけど。誰か間違ってるなら修正してくれ。
ってか、《
(アンピトリテは、トリトンが病的に母親好きということを知らないらしいぞ)
(え? そうなの? ってか何でバルーフがそんなこと知ってんの?)
(さっきテレス……あー、人間風に言うとテレパシーか? ドラゴンだけが使えるんだがそれでチャーリーが言ってた)
(なにそれたのしそう)
いや、楽しそうは楽しそうだけどこっちの意識読むなよ。俺は叫びます、個人保護法はここでは通じないのか! っていうか相当好きらしいとは聞いてたけど、病的なまでなのかよ怖い。噂のヤンデレってやつ? いや俺の中で噂なだけだけど。でも《
「そのために、イッパイお菓子食べて帰るネ! がんばる源!」
それとこれとは話が別だろうと思ったが、まあ給仕するのも楽しいしまあいいかと結局その日。アンピトリテさんが帰るまで、俺は給仕をし続けたのだった。それはいいんだけど、あのひと和菓子もたべたいとか言い出して。
秘蔵のあんみつや水羊羹、抹茶アイスなんかを出したのは計算外だった。ぐぬう、俺の銀座鹿乃子、鬼平、ハーゲンダッツ! 一口も残さないで全部平らげていったし、あのひと!
まあ給仕するのも悪くない気分だし、何より自分が手掛けたものを美味しそうに頬ばってくれるのはすっごい嬉しかったから、いいんだけどさあ。
家族たちが片付けのお手伝いをしてくれたから、用意するときよりも早く終わったそれに。ちょっと悔しくなりつつ(なんか早朝から作ってたものが一瞬で消える儚さってやつ?)俺は自分も一服しようとインスタントコーヒーを淹れて厨房で1ホールだけ残しておいた練乳の苺タルトを食べようと冷蔵庫を開けた。一切れだけ食べて、残りは夕食のデザートとしてみんなに出すつもりだった。が。
『お菓子美味しかったヨ。これ、お土産ね。もらっていくワ! アンピトリテ♡』
と書かれたメモ用紙がひらりと俺が開けた衝撃で下に落ちていって。冷蔵庫の中には夕飯の材料や、調味料、野菜以外何も残っていなかった。俺が大事に大事にしておいたメルティキス・オレンジチョコレートも何もかもごっそりなくなってた。あれ、冬しか売られてないからちょびちょび食べてたのに!
まさかと思って、普段お菓子を入れているリビングのお菓子の戸棚も確認したら案の定。ネットでお取り寄せスイーツの草加煎餅からゴディバチョコレート、練乳鈴カステラから裂けるチーズに至るまで全部なくなってた。
まあ、まあここはいいよ。と震えながら思って、厨房の最後の砦だと思っている、冷凍のシャトレーゼのマシュマロチョコレートピザを入れていた冷凍庫の中。
10枚からしか通販で買えなかったから、10枚買ったのにものの見事になかった。冷凍庫の中に入っていたメモには。
『日本のお菓子、おいしスギルネ! 残さず食べるから安心してちょうだいナ アンピトリテ♡』
と書かれてた。
残すかどうか心配してるわけじゃないんだよぉぉぉぉぉぉ!! アンピトリテさーん!! 心の中で叫びながら、俺は膝からがっくりと崩れ落ちた。なんで!? そういうサプライズいりませんからー!! もうコーヒー淹れちゃったよ! どうしてくれんの!? っていうかあのめっちゃクールっぽい外見と中身のギャップ激しいな!
しばし傷心のために膝と手のひらを厨房の床についたままの体勢で立ち上がれなかった俺を発見したバルーフが大騒ぎしたせいで、家族たちが集まってきて大騒ぎになりかけたのはほんとに悪かったと思ってる。猛省。
こっから先は内緒の話。だってこれは俺だけの
でもあえていうなら、1年後の今日。またお菓子パーティーを開いたことだけは記しておく。
幻獣物語〜ファンタジ・ア・ストーリー〜 小雨路 あんづ @a1019a
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます