僕が殺した、この島で。

綿貫 ソウ

僕が殺した、この島で。

 波の打ちつける音とトンビの声を背景に、健人は揺れる船上をよろつきながら歩く。今日は一人で漁に出る日だから、用意は入念に行う必要があった。


 「パパ、がんばって」「健人さん、気をつけてね」


 妻と六歳の娘の顔が浮かぶ。

 あいつらのためにも頑張らなくては。


 

 ♢♢♢

 


 健人は張り切って、ずいぶんと離れた所まで船を進めた。

 他の漁師はあまり近寄らないような場所だ。

 船からの眺めは壮観で、つい、あの時のことを思い出す。


 

 「海は止めときなさい」


 九歳の時、健人は海で事故にあった。

 今生きてるのが奇跡だと思うくらい、壮絶な体験だった。


 その事で、両親や姉に漁師を反対されたこともあった。

 あんなことがあったのに、って皆、口を揃えて言うんだよ。


 でもね、いい思い出だったと思う。


 家族だけで生活して、協力しあって、時には喧嘩もして。


 健人は今でも覚えてる。

 

 家族で海に入ったこと

 崖で見つけた花のこと

 助かった時、感動したこと。


 そう言えば、日記をつけてたっけ。

 実家に帰ったら久しぶりに読み返そう──

 

 と、その時。 

 何かにぶつかる音がして健人は我に返った。



 ♢♢♢



 そうなん日記


 1日目


 僕はそうなんした。

 「そうなん」って字が分かんないけど

 そうなんしたことは分かった。


 目を覚ました時には

 知らない島の砂浜に打ち上げられていた。


 ほら、そうなんでしょ?


 だから僕は日記を書くことにするんだ。


            記録者 ケント



 そうなん日記


 2日目


 この島は無人島だった。   

 見て回ったけど人工物がないんだ。

 代わりに伸びきった雑草とヤシの木があった。

 だから救助を待つほかすることがない。


 そんな時に、

 父さんと母さんがけんかした。

 「お前が悪い」とか

 「あんたのせいでこうなった」とか、


 もうほんと、嫌になっちゃうね。


            記録者 ケント


 3日目


 未だこの島に、救助がくる気配はない。

 暇だし家族でも紹介しよう。

 僕の大っ嫌いな家族を。

 


 マサト→無愛想な父さん。

 サエコ→理不尽に怒る母さん。

 サキ→弟をおもちゃにする姉ちゃん。

 ケント→優しい紳士。

 

 まあ、こんな感じかな?


 

 しかし、さっきからお腹が鳴っている。

 うるさいったらありゃしない。

 ほんと、うんざりするよ。


 

             記録者 ケント

 


 4日目


 今日は食料をとりにいった。

 

 救助が来る気配はまるっきりない。



            記録者 ケント



 5日目


 喉が乾いた。

 ここ2日まともに水を飲んでない。

 早く雨降ってくれないかな。



            記録者 ケント



 6日目


 ああ、ほんと、死にそう。



            記録者 ケント


 7日目


 朝、大雨が降った。

 ほんと、奇跡だったね。

   

 みんな必死だったよ。

 雨の大切さを知ったんだ。


 そういえばこのノートは濡れてないんだな。  

 こうやって書いてるけど、違和感がないんだ。


 船が沈没してそうなんしたはずなのにな。

 不思議なもんだ。



            記録者 ケント



 8日目


 ちょうど一週間がたった。

 生活にはもちろん慣れてない。

 うんざりだよ。


 それでも今日、姉ちゃんが食べ物を分けてくれた。

 あの姉ちゃんが、だよ。

 僕の誕生日すら忘れてる姉ちゃんが、だよ。

 

 きっと頭がおかしくなったんだ。

 そうに違いない。

 きっと、そうなん、ってのは人の頭をおかしくする成分があるんだろうなぁ。


 

             記録者 ケント


 9日目


 今日は一つ、面白いことがあった。


 その時、僕は島を散歩してたんだけど崖があったんだ。

 そこから見る景色はきれいだったな。

 また今度、行ってみようと思う。


             記録者 ケント


 

 10日目


 僕たち家族はスマートになった。

 スマート家族だよ。

 かっこいいでしょ?


 特に母さんだ。

 きっと今の体重を知ったら跳んで喜ぶだろうなぁ。

 体重計を持ってくればよかったよ。



             記録者 ケント


 11日目 


 空を眺めてた。


   

             記録者 ケント


 12日目


 今日は釣りをしてみた。

 草を編んで先に虫をつけたんだ。


 もちろん釣れなかったよ。



 13日目


 今日はこの前書いた崖に行ってきた。

 

 景色はもちろん綺麗だったよ。


 でも、僕は地面に花のつぼみを見つけた。


 たった一輪だよ。一つしかなかったんだ。


 花が咲いたらきっと、きれいだろうな。



             記録者 ケント

 


 14日目


 ついに二週間だ。

 こんなに生きれるとはね。 

 

 最近は食料にも水にも困ってない。


 

             記録者 ケント


 15日目


 久しいぶりに僕はブランコに乗った。

 父さんお手製のブランコだ。


 とても、気持ちよかったよ。

 


 父さんも、おかしくなった。

 だって、ここに来る前の父さんは、

 僕のために何かしてくれたことなんて、なかったんだぜ。


             記録者 ケント



 16日目


 今日、家が完成した。


 今まで書いてこなかったけど、実は作ってたんだ。


 もちろん立派なもんじゃないよ。


 屋根があって椅子があって、葉っぱの寝床があるくらいさ。


 でもなんか、新居って感じがしたね。


  

             記録者 ケント



 17日目


 最近、気温がぐっとあがった。


 もう、暑くて、熱くて仕方ないよ。

 ここにはうちわもないし、スイカもない。


 でも、海はあるんだ。

 

 だから家族で海水浴をしたんだ。

 初めてだよ。


 楽しかったなぁ。



            記録者 ケント


 18日目


 とうとう母さんも壊れてしまった。


 僕がみんなのために貝を拾ったら、

 母さんが僕の頭を撫でたんだ。


 やっぱり、そうなん、ってのはおそろしいよ。


  

             記録者 ケント



 19日目

 

 そう言えば救助はもう来ないみたいだ。

 もう、島からは出れないと、父さんは言っていた。


             記録者 ケント


 20日目


 僕たちは島から出れない。


 それが分かって、僕は少し嬉しかった。

 いや、すっごく、嬉しかったんだ。


 「そうなん」でおかしくなった家族と、まだ一緒にいられるって思ってね。



             記録者 ケント

           

 21日目



 最近、晴れてることが多いんだよなぁ。

 雲一つ見当たらないんだ。


 そう言えば、あの花、そろそろ咲いたかな。


 明日、見に行ってみようと思う。

 楽しみだなぁ。


             記録者 ケント








 




 


 23日目


 一つ報告したいことがある。

 大事なことだ。

 

 

 

 ケントが、死んだ。

 


             記録者 サキ



 24日目


 代わりに日記を書くにあたって

 まず、ケントについて説明しなければならない。

 死んでしまった、ケントについて。


 

 それは、昨日の朝のことだ。

 ケントが、散歩に行くと言って家を出た。

 いつものことだと私は呑気に思っていた。

 でも、ケントは昼になっても帰って来なかった。


 私たちは必死で探した。

 しかし、ケントの姿は見つからず

 代わりにこの日記帳が崖の上にあった。


 崖下を覗いたらケントの帽子が岩に引っかかっていた。


 昨日は、ほんと、人生最悪の日だった。


             記録者 サキ



 25日目


 ねえ、ケント。

 起きてるか? 寝てるか?

 ま、どっちでもいいよ。

 

 ごめんな。


 良い姉ちゃんじゃなくて。

 ずっと意地張っちゃって。


 こんなつまらない姉ちゃんで。

 

 でも、信じてもらえないかもだけど

 私はケントのこと大好きだったんだよ。


 

 『追記』

 

 そう言えば今日だったよね。

 誕生日おめでとう、ケント!

  

              記録者 サキ


 

 二十六日目


 ケント、元気?

 今日も空は晴れてるよ。


 絶好の遊び日和だ。

 帰ってきたら

 姉ちゃんが遊んであげるよ?


 早く、早く帰ってきて。


 

             記録者 サキ


 27日目


 もう、ダメだ。

 本当に雨が降らない。

 

 今まで溜めておいた分も飲み干した。

 

 ごめん。

 なんで、私が生きているのだろう。

 

            記録者 サエコ


 28日目


 昨日、サキが死んだ。

 脱水症状からくる衰弱死だった。


 昨日の昼、サキは「散歩に行く」と言って家の日陰から出ていった。


 帰って来たときにはもう、サキは汗だくで死にそうだった。


 水を飲ませたかったけどなかった。


 ねえ、サキ。

 なんで死んだの?

 本当は昼、なにをしていたの?


            記録者 サエコ


 29日目


 サエコが死んだ。

 脱水症状だった。


 その時、子ども達を失って

 ママは精神を病んでいた。

 だから正常な判断ができなかったんだ。

 

 サエコは海水を飲んだ。


 

 『追記』


 みんな。

 今までありがとう。

 

 こんな父さんでごめんな。

 無愛想でつまんなかったよな、ケント。

 

 お前をもっと遊びに連れてやりたかった。

 

 あとサキとママもごめん。

 仕事が忙しいなんて、言い訳にもならないよな。


 今思うと、あんまり家族らしくない家族だったな。

 

 でも俺は、この家族が大好きでした。



 

            


 

 





 










 



 32日目


 家に帰ると、みんな、死んでた。

 

             記録者 ケント



 33日目


 葉っぱの寝床に家族は眠っていた。

 左から姉ちゃん、母さん、父さんの順で、安らかな顔をしていた。


 このノートは母さんの上にあった。


 日記を読む限り父さんが置いたと思う。


 父さんは自殺だった。

 父さんの手には綿が握られていた。


             記録者 ケント


 34日目


 今日は雨が降った。

 たぶんこの島は雨期と乾期の差が激しい気候だ。


 僕はどこまで生きれるだろうか。


             記録者 ケント

 

 

 35日目


 死んだと思われているから一応説明しておこうと思う。


 なぜ僕が生きているのか、を。


 まず僕はあの日、花を見に行った。

 あの崖の所だよ。


 で、僕は崖から落ちたんだ。

 言い訳だけど、風が強かったんだよね。


 落ちた時、死んだと僕も思ったよ。

 でも僕は運良く岩の間の海に落ちたんだ。


 僕は命からがら海を泳いで、岸のある方に行った。

 でも住んでる方と逆の岸に着いちゃったんだ。


 しかも、落ちたときに足を痛めちゃってね。

 しばらく僕は反対側で暮らした。


 奇跡だったのはそこに湧水があったことだ。


 足が癒えるまではそこで過ごして、回復したときにここに戻った。


 そしたらみんな死んでた。


 自然に殺された訳じゃない。

 僕に殺されたんだ。


 


             記録者 ケント


 36日目


 僕は最後に崖に行った。

 そこには相も変わらず花が咲いていて、

 その後ろには見慣れない十字架が突き刺さっていた。


 それは、姉ちゃんが作った、僕の墓だった。

 

 なんでこんなことを、僕なんかのために。

 僕はそう思いながら、その十字架と花を家に持って帰った。


 家には姉ちゃん、母さん、父さんが寝ていた。

 僕は三人の頭上に十字架を建てて、そばに花を植えた。

 

 そして今、僕は父さんの隣に寝転んで、これを書いてる。


 もう少し、書きたいことがあるけど、

 このノートが濡れてしまったんだ。


 だからこのへんでやめにしとくよ。


 みんな、ありがとう。


 今、そっちに行くから、待ってて。


            

 






 ♢♢♢



 「ああ……」


 健人は落ちていた日記を読んで、声を漏らし、同時に理解した。

 

 ここは、無人島だということ。

 生きて帰れる可能性は、ほぼないこと。

 妻と娘にもう会えないということ──


 全て、絶望的だった。









 健人たけひとは足元から崩れ落ち、日記の上に涙を零した。

 

 


 

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僕が殺した、この島で。 綿貫 ソウ @shibakin

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