或るトン竄、そこにある結社の自由

日本国憲法第二十一条

 集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。


特定非営利活動促進法 第二条 (定義)

第二項(抄)

 この法律において「特定非営利活動法人」とは、特定非営利活動を行うことを主たる目的とし、次の各号のいずれにも該当する団体であって、この法律の定めるところにより設立された法人をいう。

 二 その行う活動が次のいずれにも該当する団体であること。

  ロ 政治上の主義を推進し、支持し、又はこれに反対することを主たる目的とするものでないこと。

  ハ 特定の公職(公職選挙法(昭和二十五年法律第百号)第三条に規定する公職をいう。以下同じ。)の候補者(当該候補者になろうとする者を含む。以下同じ。)若しくは公職にある者又は政党を推薦し、支持し、又はこれらに反対することを目的とするものでないこと。


 僕は政治団体を作った。今も僕が代表だ。


 政治団体とはいっても、表向きはそういうものではない。あくまで、年金制度について考え、啓蒙するという趣旨のNPOということになっている。だが、実際にやるのは政治活動だ。法律はそういうことを許していないらしいけれど、僕の知ったことではない。

 NPOは、政治活動を中心にしてはいけないなどと困ったことを言われる。でも、政治家と話をせずに世の中を変えることはできない。つまり、法律がおかしいのだ。だから、僕はやるべきことを堂々とやる。ルールの方が間違っているのだから、気にすることはない。僕の正しさは、成果が証明している通りだ。


 僕が作った年金を考える会は、国が認める団体だ。実際は僕が一人で全部やっている。でも、登録するための要件があるので、十人の名前が要った。だから、同業者に頼って名前を借りた。いろいろなNPOを造っては潰してきた僕だから、簡単にできた。持つべきものは使えるバカだ。みんな、それはいいことだぜひやりましょうと喜んでくれた。当分は基盤を固めるのでやってもらうことはないと言っても、時期が来たら呼んでくれと笑顔で返されたりもした。

 昔、僕は、やることがないのでNPOを造った。地元を盛り上げる運動のためだ。でも、うまくいかなかった。地主の子である僕が先頭に立ったというのに、賛成してくれる人があまりいなかった。田舎者はこれだからと、僕は打ちひしがれた。でも、僕は負けなかった。次は、子供を支えるNPOに参加した。こちらは、最初はうまく行った。子供にキャンプをさせたり、いろいろやった。でも、仕事の都合で時間を取れない仲間が増えたりして、うやむやになった。あと、親のコネで、病院の理事もやっている。お陰で、庶民のようにあくせく働くこともなく、社会を変える活動に専念できている。生きるのは素晴らしいことだと、いつも思う。


 会は、いつも寄付を募集している。与党や野党がこんなことを進めている、大変だ、早くなんとかしないとと言ってお願いするのが、基本だ。危機感を煽るのは、やはり有効だ。その寄付が活動や成果にどう繋がっているかなど考えず、みんなどんどん寄付してくれる。その数千円とか数万円を貯めておく方がトクかも知れないのに、正しいことのためならと、耐えてくれる。

 寄付は募集する。でもそれは外部向けだ。中に入って活動しようという人材は、求めない。僕がやりたいようにできなくなるからだ。名目上十人の会員がいて、総会でいろいろ決めることになってはいる。でも、そんなものは形だけだ。建設的な意見は拝聴するし、採用することもある。ただ、重要なのは、すべてを僕だけが決めることだ。この仕事は、僕にしかできないからだ。烏合の衆は、要らない。


 若者相手に年金がどうのと言うと、だいたいはいぶかしがられる。そんなものだ。だが、年金は騒がれている。だから、ある程度ヒットする。それでいい。一部で強い支持がある方が、都合がよい。あまり大衆に受けては、むしろ、面倒になる。後ろ暗い部分を隠しにくくなるからだ。だから、若者の将来に絞って話をしてきた。このやり方は、隙間産業と揶揄されたりもした。だが、僕が食って行くためには丁度よかった。

 ネットのお陰で、僕の宣伝は全国に広がった。同じような問題を抱える海外の人たちとも、繋がることができた。僕の英語も捨てたものではないけれど、賛同してくれたプロの通訳の手も借りて、いろいろな話ができた。こういう活動が、宣伝の材料になって、新たな活動に繋がる。海外にも何度も行った。もちろん、経費で。

 堅い金蔓がそれなりにあれば、活動はどんどんできる。間口を広げる必要はない。問題に気付いているのは君だけだと優越感をくすぐる方が、効く。誰もがそれはそうだと言う話は、むしろ、それだけで終わりがちだ。これは、僕が長年の経験から学んだことだ。

 口の悪い愚か者がわけのわからない非難をぶつけてきたことも、なくはない。だが、僕は相手にしない。商売にならないからだ。支持者が勝手に罵ってくれるから、手を汚す必要もない。僕の支持者は、僕の正しさを知っている。だから、決してひるまず、悪党を叩きのめしてくれる。傑作だったのは、仲間を後ろから撃つなというような台詞だった。なるほど、年金を守るためには僕の活動こそが正しいのだから、そういうことになる。


 僕の活動の大半は、国会議員への接触だ。これでは年金がなくなるからなんとかしてくれと訴えるわけだ。何かそれらしい発言があったら、有権者が反応するのは当たり前だ。僕のような立派な団体の代表なら、なおのことだ。いい話があれば、もっとがんばれと言うだけでいい。資料を教えてもいい。国会で質問にでもなれば、僕の実績になる。オフレコではいつも、僕が言わせたものの話ができる。よろしくないご意見にも、ご注進を差し上げる。曲りなりにもつながりができる。呼ばれてもいないのに押し掛けて、とりあえず噛む。話はそこから始まるのだから、それでいい。

 あまり投票しない若者が僕の相手だといっても、議員たちに追い返されはしない。曲がりなりにも票が減るような筋の話を肯定する議員はいないからだ。しかも、年金をなんとかしようという総論の話なら、誰も反対しない。そして、何はなくとも、僕の実績にはなる。僕は、有力な議員とのパイプをいくつも作り、自分も偉くなったような気分になった。実際に僕は偉い。何もしない奴等とは違って。

 そんな活動は大変だ。僕は、地方の親元に住んでいるからだ。毎日のように新幹線に乗って東京に行くのは、とても疲れる。資金は集めた他人の金だけれど、僕の体力は削られるばかりだ。やっていられない気分になったことも、何度となくある。新幹線で寝過ごしてしまい、途方に暮れた日もある。でも、宿泊費も経費で済んだ。寄付してくれるみんなのお陰だ。

 いずれ親が死んだら、僕が土地を相続する。切り売りすれば、問題なく生きて行ける。だから僕に年金は必要ない。それでも僕がこの話をやるのは、使命感からだ。僕が生きていた跡を社会に残す。そのために、物申す。こう言うとまるで年金などどうでもいいかのように聞こえるかも知れない。その通りだ。ただ、僕が賞賛されるためには、年金が重要だ。生存権とか奇麗事を言うだけで、あっさり落ちる間抜けな連中がいくらでもいる。僕には縁がなかった名門大学の学生や教授が、喜んで僕に協力してくれる。


 いくらなんでも、政治活動ばかりでは、問題になるかも知れない。だから、予算の二割くらいは、わかりやすい活動もしている。そういうものは、講演会が中心になる。えらい先生を呼んで、それっぽいことを喋ってもらうのだ。ボランティアなので、報酬は少ない。それでも、先生たちは来てくれる。僕とのつながりもできる。ところで、僕は学校に行っていない。だから、コンプレックスがある。それを、えらい先生との個人的な繋がりが癒してくれる。こんなによくできたシステムはないだろう。東大の先生が僕に頭を下げてくれるのだ。僕は優秀だから、そっち側にいたはずだ。でも実際には、頭を下げてもらう側になった。やはり僕が偉いからだろう。

 えらい先生の話は難しいとか言われるので、芸能人みたいな人を呼んだ軽い企画もやるようにしてみた。これは当たった。単体でそこそこに儲かるのだ。僕らの看板を使えば、ギャラも割安にできる。会場も、民間のところになるので、料金が割高な分堂々と儲けを計算に入れられる。実際、僕も難しい話はよくわからないので、決まりきったことしか言えない。これからは、こういう路線も大切にしたい。


 予算の二割でしかない講演については、公開情報に細かく記す。いつどこに誰を呼んで、何を話してもらったか。僕がその内容を理解できて、適切な人を呼べることを証明するためだ。その一覧を見てもらえれば、僕の優秀さがはっきりする。

 残りの八割は、まとめてその他扱いにする。これでも、世間には通る。それでも誰も文句を言わない。世の中はちょろい。世界は、僕のためにできているということだ。あの学校がそうでなかったのが、不思議でならない。

 活動を秘密にしても、役所には何も言わない。支持者はもっとちょろい。いいことをしている雰囲気を見せていれば、僕に貢いでくれる。外国の団体代表に会ったとか、どこかへ行ったとか、時々チラ見せするだけでも十分過ぎる。実際に何をやってどんな成果を上げたかなんて、誰にも問われない。だから、遠くの飲み会や遊びの話にどんどん乗れた。集まってくれる支持者たちは、僕の活動を讃え、声援を送ってくれる。僕がやっていることを、何一つ知らないのに。


 僕の活動のほとんどが、秘密だ。報告書らしい報告書を作ったこともない。僕は優秀だから、その気になればいつでも、そのくらいのものを作れる。でも、そんなものは必要ない。支持者も、よこせとは言わない。だから、最低限の情報を公開するだけだ。一応もっともらしい収支を公表するだけでも、立派な情報公開になる。八割が秘密だなんて、誰も気付きやしない。

 秘密は有益だ。余計なことを言わなければ、批判もされないからだ。左右を問わず、何か言えば批判にさらされる。それで面倒なことになった人たちをたくさん見た。そんなことになるよりは、どうでもいいことだけを時々言うくらいにしておく方がいい。団体ではなく個人の発言だと逃げられるようにしておけば、なおよい。だから僕は、活動を秘密にし続ける。活動に経費をあてて遊んでいるのがバレたら面倒だし、そうするしかない。


 今にして思えば、NPOよりも、無年金から若者を守る党にでもすればよかったような気もする。国会議員になれば、不逮捕特権があるからだ。その方が、やりたいようにできる。でも、闇に隠れて生きることしかできない僕には、できなかった。資金集めさえうまくいけば、一大ムーブメントを起こせたかも知れないというのに。僕は表を歩けないのだから、しょうがない。でも、悔しい。


「40号、来い。」


 僕を呼ぶ声が聞こえた。行かねばならない。


 40号が書いたものを、二人の何者かが読んでいた。


「あの詐欺師、そんなこと言ってんのか。」

 「自己洗脳くらいできないと、あんな商売はできんよ。」

「しかしひどいな…」

 「誰にも一度も礼を言ってないんだぜ、これ…」

「自己中心的にもほどがあるな。知ってる人は知ってるんだろ、そういうところ。」

 「ああ…一度会った大物議員に弁護士が連絡したらそんなヤツ知らんって言われたってのも、無理はない。」

「その弁護士も運動関係だろ?」

 「腐れ縁ってヤツだな。しかも札付き。」

「あんなのが司法試験に通るんだな。」

 「あんなのだからテストにだけ強いんだろ。」

「何度も会ってるって議員も、ひどかったな。」

 「あの事故物件な。次は公認ナシって噂の。」

「私は関係ないってわざわざ言ってきやがって。」

 「まあ、ホシがああいう態度だからな。」

「あの議員も長くはなかろうが、気にはなるだろうな。」

 「ああ。で、ホシの頭は?」

「責任能力はありとしていい。」

 「じゃ、いけるな。」

「供述もきっちり取れたしな。」

 「あのバカ、俺は悪くないって付け足すけどな。ま、関係ないからな。」

「ところで近親者は?」

 「それがなぁ…『自殺扱い』でなんとかしろって言ってるんだよ。」

「めんどくせえ…あんな自分大好きサイコパス野郎が自殺なんかするかよ。」

 「だよな。後のことを考えるとそれもな…」


 刑事たちは、40号について、そんな話をしていた。


 僕は警察に協力し、問いに答えてきた。僕は何も悪くないから、困ることがないからだ。でも警察は、どうやら僕の言い分を認めてくれないようだ。けしからん連中だ。どこでも通用してきた僕を犯人扱いするなど、ひどい話にもほどがある。議員に電話しようにも、ここからではできないのが残念だ。ちょっと話をすれば、すぐに何とかなるに違いない。

 そうだ、今度は警察の捜査を考える会を作ろう。ひどいやりすぎだという話は、時々聞こえる。僕はそういうものを寝言だと思っていた。でも、間違っていた。僕は謙虚なので、間違いを認めて、世の中をなんとかする活動に生かしたい。きっと、これまでよりも多くの寄付が集まって、僕の生活はもっとラクになるだろう。


 その前に、僕が応援している豚田豚太郎議員のところに行かねばならない。僕はいつも選挙運動を手伝い、豚田を当選させている。お陰で僕もいろいろな人から集票の秘訣を訊かれるようになった。それにしても豚田の動きも遅い。僕をここから出してくれないのは、どういうことか。あまり調子に乗っていると、次は落選させてやるぞ。代わりはいくらでもいる。


 警察署には、40号こと尾祇を釈放しろとの署名数百通が届いていた。罪状の詐欺は、確かに立証が難しく、微妙なところもあるのかも知れない。だが、署名運動は、そんなことまで考えてなされたものではない。ただ、ぼくらが信じる尾祇さんが悪いことをするはずがないという信念のみによって、一部の崇拝者が集めたものでしかない。

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豚の葬列 アレ @oretokaare

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