最終ウェーブ 抗いには常に覚悟を


「あんなハッピーセット共と一緒にしないでくれるかねワトソン君ッ!?」


 さっきから思ってたけど、ホームズってこんなに短気なんやろか。


 シャーロックホームズを読んだ事が無い私は、ブチ切れる末弟を無視するように、黙ってゲームを再開しながら思いました。


「全く馬鹿馬鹿しい……。あんなキモオタ共とこの私をッ、同列に扱うのはやめて貰えないかねッ!?」


 自分の趣味こそ正義みたいに勘違いしてキレてるお前もキモオタです。


 あとさっきからお前、何遍マクドにとばっちり食らわせたら気い済むねん。


「はいはい……。ほな、何なん?」


 プレイに集中しながら呆れ顔で返す私に、末弟は妙にもごもごとし始めました。


「それはほら……。あれですよ」


 流石にこれだけじゃあ、姉の私でも推測のしようがありません。


「あれって? ……『お前』とかー、『あなた』とか?」


「あっ。『あなた』も中々高い位置におったよ」


「へえーそれもビックリ! いやまあそれも面白いけど、君は何なん?」


「いや、そりゃーやっぱり、あれですよねえ……」


「…………」


 うっぜこいつ。


 人の趣味にはさんざケチ付けといて、自分の番なったら誤魔化すとかマジでカスやな。


 流石FPS民。


 芋野郎。


 クソザコナメクジ。


 筋を通せない人間は嫌い。と、普段から言っている私の性格を熟知している末弟は、この私の、妙に圧のある沈黙の意味を、「お前ナメとんのかイキリ」とちゃんと理解していたようで、追い詰められたような気持ちになったらしく意を決すると、勝手に緊張した面持ちで、高らかに宣言しました。


「私は――! そのアンケートでただ一人、『お前様』にしましたよ!」


「『お前様』ぁ!?」


 私は再び、プレイを中断しながら末弟を見ると叫びました。


 時代劇かよ!


 どっかの城のお姫様!?


「おらんー! おらんわそんな喋り方する女の子この現代にー! 理想としても夢見過ぎやろそんなん最早幻想と書いて幻想ユメやわ! それこそほんまに――(咄嗟に作ったいい声で)、その幻想を、ぶちころ」


「いーいじゃないですか夢見るぐらいぃー!」


 けらけら笑う私に、いじめられっ子のように叫ぶ末弟は、「いいですか!?」と、説教でも始めるような口調に変わります。


「よくない『お前様』!? 西尾維新にしおいしんの、物語シリーズのしのぶとかさあ、めっちゃええやん! あの普段の子供の姿の時やなくて、大人バージョンの!」


「ああ。忍ちゃんね」


 この忍とは、西尾維新という作家が書いている小説に登場する、普段は真っ白い肌に長い金髪が特徴の、外見年齢を十歳少々ぐらいにまで小さくされた、女吸血鬼です。確かにこのキャラクター、人を呼ぶ時『お前様』って言ってました。


 末弟の興奮は続きます。


「ここ大事! 私が好きなのはロリ状態の忍じゃなくて、大人バージョンの忍なんですよ!」


 ロリとかでかい声で言うな。


「うん。確かにカッコいいもんね。あの完全体。つまり君とは、叶うならば、その大人バージョンの忍に『お前様』とぉー?」


「呼ばれたいッ!!」


「なーるほーどねー!!」


 冷めていく私のテンションに気付かないままぶち上げていく末弟に、私は何とか合わせようと、取り敢えずでかい声で話していました。


 末弟はその後も、暫くそのテンションのまま、俺のクラスの奴らは何も分かっていないだの、ツンデレなんて情緒不安定にしか見えないだの(ツンデレとはきっと、照れ屋の言い換えなんだよ)、幼馴染が欲しいなんて今頃言っても不可能だろだの(正論)、このアンケートを主催した男子が、その結果を黒板に書き出した際(男ってホント馬鹿)、「誰だよ『お前様』とか書いたのー」と笑われたのが超ムカついただのと(でしょうね)、色々と文句を垂れていました。


 そんな事より私は、ある重大な事実に、気付いてしまっていたのです。


 末弟が大好きな、この忍というキャラクター。見た目はちびっ子なんですけれども本来の姿は、外見年齢は二十代半ばか後半ぐらいのカッコいいお姉さんで止まったまま、実年齢はおよそ600歳なんです。


 もし世の男子が末弟の望んだように、年上って言うか年上っていう言葉で収まんのこれってレベルの、年上お姉さんキャラ好きになったとしたら……。


 熟女愛好会。



 私は、その発足の瞬間に、立ち会ったのかもしれません。



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とある姉弟の戦闘記録《バトルログ》 木元宗 @go-rudennbatto

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