しろい手のかみさま。

紅面狐

しろい手のかみさま。



白い神様が僕という掌を作った時に、こう言ったんだ。

「君が生命の願いを、叶えてみなさい。自分に与えられたその掌を使って」


だから僕は生命の願いについて無い頭で考えたんだ。沢山いるちっちゃい生命体のひとつに聞くと、平等な世界が欲しいんだって。全ての生命が平等を望み、謳い、願ってるんだって!

神様が言っていた生命の願いはこれなのか、意外と簡単に見つかるものなんだなぁ。

なるほど、だから僕の掌はこんなにも大きいのか!

なんでもこの掌に包み込んで、ぺしゃんこに潰してしまえば、それはきっと平等だ!

大きなこの掌ならなんでも均してしまえる。

全てを潰して、平等にして、誰しもが望む平等の世界を作ることが出来るんだ。


そう考えて生命を潰し続けた日常に、変な白い手が現れた。

なにもかも潰してぺしゃんこにする僕の掌とは違う、細く白い小さな手は僕を止めようと立ちはだかった。やれやれと僕は掌を振って潰した。はて、どうしてここまでして僕の邪魔をするのか。僕に潰されることは平等になることなのに。全ての生命は平等を望むのに。白い手がなぜ僕の平等を否定するように立ちはだかるのか理由がさっぱり分からなかった。


最初こそ僕は、小さい白い手が自ら平等を望み僕の前に現れたと歓喜した。

僕は喜んで愛おしさを込めて小さい手を潰したんだ。小さい白い手が僕の掌に潰され平等になったことを喜び美しい紅色の花を咲かせた。

色々な花が僕の掌に咲いたが、ここまで綺麗な紅色は初めて見たので、うっとりとしてしまった。


ちなみに潰す時、音はしない。ただ、感触だけが残るんだ。その感触は自分の掌でひとつの生命を平等に返せた喜び。自分の掌でひとつの生命を救えた幸せだ。僕は平等を望む全ての生命のためにこの大きな掌を使うんだ。神様もそう望んで僕を作ったに違いない!

絶え間なくやってくる白い手達を慈しみを込めて潰す。潰す。潰す。いつの間にか掌は綺麗な紅色の花におおわれた。僕の包み込む形をとる掌には砕けた命の礎が山盛りだ。

命の礎を暗い足元に広げて、均す。

命の礎は生命を潰した後の残骸であり、平等への一歩を形作る道。沢山生命を潰すことで生命は平等を得ることが出来るし、命の礎を広げていくことで楽園が生まれていく。なんて素晴らしいことなのだろう!

我ながら自分に与えられた使命や出来ることが素晴らしく感じる。


だけど、白い小さな手は潰しても潰しても僕の前に現れた。

千回くらい潰した時に僕はこの手が僕を止めようとしてるのだと気づいた。

一回手を潰すのに一秒もかからないのだ、とても早く気づいたと思う。小さな手はほっとしたように僕の掌にじゃれてきたのでつい潰してしまった。

すぐに代わりはひょっこりとどこからかやって来て僕の左手の薬指に絡みつく。なので危ないよと指を曲げたら潰れてしまった。すぐに白い手はやってきた。


今掌の前にいる白い手は一体、何体目なんだろう?僕は掌を思い切り伸ばした。うん、気持ちいい。ぽきぽきと骨が鳴る感覚が心地よい。

さて、今日も平等な世界を作るぞ。


歩いていると僕が近づくのを待つ生命体が複数いた。優しく一思いにぎゅっと潰してあげた。綺麗な花が掌に咲いた。

両手で命の礎を寄せ集めると、沢山の命がこの中にあるって分かるんだ。とっても温かい。これは僕しか分からないから、少しもったいない。

残骸を均して、温かい場所で眠る。なんて僕は恵まれてるのだろうか。場所も、使命も、能力も。


でも、何か足りない?

そういえば、僕を褒めてくれる人はいなかった。多分、数多くの生命体は声を発することが出来ないんだろう。平等について語って、その平等な世界に連れていくことを説明してあげれないのは悲しいことだ。

ううん、平等な世界に行けば僕のやらんとしたことが分かるだろうから、言葉なんていらないか。

全ての生命体を潰して、平等な世界を作った後に神様に褒めてもらおう。


平等を誰しもが望んでいるから、僕は平等にしてる。命の礎を均して一息つくと、白い手が擦り寄ってきた。

僕に擦り寄ってくる小さな手はいつしか僕にとって不可解なものになった。潰しても潰しても数は減らないし、僕を止めようとしてる。でも僕の前に小さい手は圧倒的な力を感じてると思うんだ。


だから聞いたんだ、どうして僕に何度潰されてもすりよってくるのかと。僕の考えを理解してないのに。

小さな手は何も答えてくれやしなかった。

代わりに小さな手は僕の左の親指を包み込んできた。いや、包み込むには不足がすぎる。乗っかってきたと言うのが正しいだろう。

僕は手をびたんと地上に振り下ろし、白い手を潰して眠った。

朝がやってきた。鳴いている鳥を捕まえて潰して朝は始まる。少しずつ明るくなる暗闇に見つけた生命体を慈悲を込め潰していく。

僕の前で小さな手が花を潰すのを止めようとした。なんでと問うと花の前に立ちはだかった。僕は苛立ちながら手ごと花を潰して均した。


僕の前で小さな手が虫を潰すのを止めようたした。なんでと問うと虫の前に立ちはだかった。僕は呆れたので手ごと虫を潰して均した。


僕の前で小さな手が鳥を潰すのを止めようとした。なんでと問うと鳥の前に立ちはだかった。僕は考えた後に手ごと鳥を潰して均した。


広がりつつある楽園の土の上で、また僕は眠る。全てを潰して平等にするのが僕の使命で。それは全ての生命が須らく望むもの。

そう思っていた。そして、そう信じていた。


そんな僕を、白い手は笑ったんだ。


初めてだ。白い手は地面に手を叩き転がり回り関節を外した。

僕は呆気に取られて落ち着かせる意味でも潰した。代わりはやって来た。でも、いつもとは違ったので僕はほんの少し驚いた。いつも1つずつだったのに、今回は僕じゃ数え切れないほどやってきたんだ。


そして初めて、白い手は声を発した。

お前は平等について何もわかっちゃいない。どうしてその手を潰すことにしか使わないんだと。

僕は、憤った。

僕が平等についてなんにも分かっちゃいない?笑わせるな。僕こそが一番平等を理解しているのだ。お前みたいなものが、お前みたいな生命体にさえ慈悲をかけて平等の楽園へと連れて行ってやってるのだ。恩を仇で返すとは、こいつは、いやこいつらはやはり阿呆なのだ。僕の高尚な願いを、使命を分からず。ただ邪魔をしてくる。僕は初めて、慈悲を忘れた。

僕は初めて、怒りに任せて白い手達を潰した。僕に逆らうものは、みんな潰した。そうすると僕はなんで今まで、彼らに慈悲を与えてきたんだろうと思った。僕は、平等にしてやっているのだ。彼らの願いを叶えてやっているのだ。

なら、いちいち慈悲なんていらない。

潰して、砕いて、楽園を早く作り上げてしまおう。

沢山の白い手を握って、折って、砕いて、潰した。

代わりはもうやってこなかった。

そして、楽園の土壌はどんどん広がっていった。

平等な世界まであとすこしだと感じながら僕は、必死に生命の礎を集めた。

でもその度、僕には何か違うと。白い手が小指にまとわりつく感触を感じて潰しても、綺麗な赤に再び彩られることはなかった。

いつの間にか白い手は僕の生活の一部になっていたのだ。白い手を均した土地だけは、冷え切ってないのにも気づかなかった。

寂しくて仕方ない。


白い手がふっと、僕の前に現れた。もういなくなったと思ったのに。

僕は初めて、白い手に顔があることに気づいた。顔は弧を描いた三本の線だった。

もう白い手を潰すのは面倒になってしまった。いや、なにもかも潰すことが疲れてしまった。作業のように僕だけが生命体を潰している。温かい地面はいつの間にか冷えている。どうして僕は孤独ということに気づいてしまったんだろうか?あぁ、もうやだ。神様に会いたい。ぐったりと僕は掌を投げ出していた。


なんだか、無性に、疲れた。


白い手はまた喋った。

「神様はきっと君に生命を潰させるためにそんな大きな掌を作ったわけじゃないと思うんだよ、包み込めるように作ったのさ」

包み込む。それはどういう行為なのかと僕は最期に聞いたんだ。白い手は笑っていたと思う。いや、もう。なんにも見えないし感じないけど。でも白い手は僕の求めていたものを答えてくれた。


「今私にしてくれてる事だよ。おめでとう、ようやく君は生命の願いにたどり着けたんだ」



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