雨上がりのあしあと
日々人
雨上がりのあしあと
ー わたしが
いじめに
死ぬことにした ー
・ ・ ・ ・
突然。
体に衝撃を受けて、倒れ込んだ。
誰もいないと思っていた廊下の影から、スカートを揺らしながら
世の中では、いじめに遭う人は周りに助けを求められず、じっと我慢して、独りで抱え込んでいると思われている
だけど、そんなことはない。
なにかしら助けを求めて信号を送っている。
でも、その悲痛な発信に誰かが気付いたとしても、
自分でも上手くコントロールできない周波数に、わざわざチューニングを合わせてくれる人などいないのだ。
「残念?…いいえ、それがふつうなんだょ」
そんな風に考えると、
・ ・ ・ ・
特定のリズムで頭を
電車の出入り口に寄りかかり、不規則な方向に揺られながら、そのスーツ姿の若い男性を
男性は窓の外を流れる電柱と自分が重なった時に、うんうんと頭を上下に動かしている。
その度に、
思いつめたような表情で、異様に頭だけを前へと突き出していて、
わたしの他にも乗客はいるけれど、誰も男性に関心を向けない。
そんな風に。
誰からも気にかけられない時間が、わたしも欲しい。
どうせなら。永遠でもいい。
淡々と、電車は決められたレールの上を進んでいく。
わたしは、今日で自分の命が
どこにでもいけるし、何にでもなれるような気がしていた。
あの頃、いじめられる前までは。
学校が近づくにつれて、同じ制服を着た人間が
足どりが
いつものように。
決まったようにして。
何も考えないことに努める。
・ ・ ・ ・
してはいけないと思いながらも、こんなことを、何度も何度も繰り返した。
その、やめられない行為に出会ったのは、いじめに遭うようになって
最寄りの駅から自宅までの途中に、
夕暮れ時、その建物と建物の間に一本の缶が転がっているのを見つけた。
スプレー缶だった。
何気なく拾って、
それからは、誰も来なさそうな
隠し持ったスプレーを取り出し、おもむろに地面へ向かって人差し指を強く
長く
どうしてかな。
決まって、なぜか。
小学生まで、よく一緒に過ごした友人のことを思い出した。
中学で違う学校に通うことになり、それから
彼女は今、元気でいるだろうか。
「けん、けん、ぱっ」
その友達のおばあちゃんが教えてくれた遊びを、小さい頃、一緒にして遊んだ。
自分の孫娘のことをたいそうお気に入りだった。
そのおばあちゃんの
「あの娘、本当にかわいいでしょ?優しくて、いい子なのよ」
そういえば、そのおばあちゃんはいつの間にか姿を見せなくなった。
・ ・ ・ ・
スプレーでの落書きを、わたしは止められなくなっていた。
シャッターに吹き付けたり、看板を塗りつぶしたり、カーブミラーに向かってまぶしてみたりと、迷惑な
拾ったスプレーはすぐに
それが空になれば、また新しいものを買い求めた。
色は、毎回違うカラーを選んでいた。
やがて、目ぼしい色を一通りめぐった頃に、その魔法のスプレーに出会った。
それまで、
そうだ。
わたしをいじめた人たちに、少しばかり
わたしの
・ ・ ・ ・
『雨がよく降る、
学校の校門を出て直ぐのアスファルト。そこに初めの
「 〇 」
マンホールくらいの大きさの円が雨の中に浮かび上がっている。
防水スプレーは
・ ・ ・ ・
雨が降るたびに浮かび上がり、増えていく「〇」が校内で
「〇」は雨が降るたびに少しずつ増えて、そこから移動した。
その「〇」は校門からの一本道をずっとまっすぐに移動していたが、車の行き来が多くなる通りに出ると、左右に分かれて更に
職員会議の
わたしへのいじめは終わらなかった。
足を引っかけられたり、ゴミを投げつけられたり、物を隠されたり。
それが止んだかと思ったら、次は言葉をかけられることもなく、誰からも無視されるようになった。
でも、あの「〇」がやがて、いじめの
わたしが「〇」を地面に描いたのは、学校の校門前から大通りまでの一本道。
そこで、おこづかいが底をついてしまったのだった。
最後の一缶が空になる前に、「〇」の横に
「いじめっ子の家」
そこからは勝手に「〇」が伸びていった。
野に放たれたそれは、親の願いを受け止め、歩みを止めることなく広がっていった。
誰かがわたしの信号を受け止めてくれたのだと感じると、少しだけ心が癒された気がした。
・ ・ ・ ・
一本のスプレー缶だ。
中身は入っていない。
あの防水スプレーだ。
おとなしかったわたしが、思えばよくあんなことをしたものだと思う。
でも、それで、今のわたしがあるのだと思う。
何年も前のこと、学生の頃のことだ。
わたしはいじめにあっていて、死ぬことを本気で考えていた時期があった。
でもその前に。
報復として、いじめっ子の家を世間に知らしめようと、防水スプレーを使った
雨の日になるたびに浮かび上がる「〇」がいじめっ子の
でも、その「〇」は、わたしが全てを描いたのではない。
わたしの元を離れて独り歩きを始めた「〇」の
「〇」は行き先を見失ったかのようにして、歩みを緩め、そして消えてしまった。
でも、わたしはどこかで安心していたのを覚えている。
もしも、夏休みがあけても、変わらずいじめが続くようなら学校に通うことをやめようと思っていたが、なぜかわたしへのいじめはなくなった。
当時の自分へ、かける言葉があるとしたら何を伝えただろう。
こうして今は社会に出て、「大人」の世界に身を寄せても、他人を
わたしの中にさえその
でも、そんなことはあの頃から解っていたことだ。
もう要らないものだ。
これから先、わたし自身、わたしが大切に思う人。
かけがえのないものを、誰か、何者かに傷つけられることがあれば、また別の方法でわたしは戦えばいい。
あの頃のように。
恐れずに、最初の第一歩を踏み出せる。
大丈夫。
きっと。大丈夫なんだよ。
・ ・ ・ ・
ー 皆があの騒動を忘れた頃だった、
通学路から外れた
そんなところで、あの浮かび上がる「 〇 」をみつけた
少し前まで降っていた
なんでだろう
たった一つ
それは、浮かび上がっていた ー
ー ー ー ー
妄想話でした。
雨上がりのあしあと 日々人 @fudepen
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