第35話 余波
ヴォーダン魔導学園。教授室。
教授室らしく本や魔導具が並ぶ中、二人の男が話合っている。
一人はこの部屋の主である教授。もう一人は老人だった。
教授は対面に座った老人に話しかける。
「今回は助かりましたよ。いえ、この場合私が助けたのですかね?」
「助け合ったということで良いじゃろう」
あれだけの破壊跡がありながら、大して被害がなかったのはこの二人の暗躍のおかげだった。
だが、それに気づいたものはあまりいない。噂にはなったようだが……
「やはりお孫さんの応援に来ていたのですかね?」
「当然じゃ。二人の孫が決勝戦で争うんじゃ。見なくてどうする。じゃが勇者が裏切った時には流石に出ていこうかと思ったぞ」
「貴方が出て行ったら、更に大混乱でしたよ。貴方を止めた私は、自分を褒めたいくらいですよ。ハハハ」
教授はそう言って笑うが、実際はかなり危なかったことを知っている。
勇者を瞬殺してしまっては、逆に戦争が起きてしまっていただろう。
どうにもカリス王国にはその思惑があったように見える節があった。
勇者は言わば踏み絵だったのかもしれない。
「ふん。ワシの自制心の賜物じゃ。それで結局、薔薇は何がしたかったんじゃ?」
「さあ? 単純に考えて牽制、あるいは挑戦状……。他に考えるなら何かの実験といったところでしょうか?」
「迷惑な事よのう……」
結局、勇者は死んだが、こちらにも被害が出た。痛み分けで今回は幕引きというわけだった。
「そうですね。でもおかげでお孫さん達は大活躍でしたよ」
「それを言われると複雑な気分じゃな……」
そう言いつつも
†
冒険者ギルド、アストリア支部。
せかせかと落ち着きなく働くギルド長が、若い職員に向けて言った。
「おい君。先日の大会の英雄達で
それに若い職員が、嫌な顔を隠しもせず応えた。
「仕方無いですよ。学生さんにはありがちなことです。今は秘めた実力者が多いのです」
その対応に不満を抱きながらも、さらにギルド長は疑問を投げる。
「いや、それにしてもおかしい。聞けばあのデュラハンを倒したパーティーだそうじゃないかね? どういう事だね?」
「そう噂されているようですね。ですが、その青薔薇からデュラハンは自壊したとの報告がありまして、それを認めてはいないんですよ」
その報告にギルド長は唸るしかなかった……
「そうだったのかね。しかしだね一星は拙いよ! 一星は!」
「確かにそうですねえ。 ランク上げましょうか?」
あれだけの活躍をされて一星では、冒険者ギルド仕事しろ! との批判を免れない。
「ああ。そうしてくれ!」
「二ランクぐらい上げますか?」
「いや、それはそれで拙いよ。上げるなら時間をかけてこっそりとだ!」
「それ意味あるんですかね? 本人にはばれますよね?」
「本人以外にばれなければ良いのだよ!」
毎回このギルド長、大丈夫か? と思うので今では慣れてしまっている若い職員だった。
「……そうですか。 では青薔薇の皆さんを一ランクアップで良いですね?」
「ああ。頼む」
ソニア達は闇の鎧で顔を隠していたが、あれだけの活躍をしてしまうと流石に身元は知られていた。
決勝戦で名乗りを上げたうえに、領主の御令嬢がリーダーともなれば当然ではあったが……
冒険者ギルドも情報収集は常に行っている。
†
私の家。
青薔薇メンバーが集まっている。
師匠から元女神の少女が修道院に入ったとの報告を聞いているとき。
冒険者ギルドから通知がきた。
「うお! ギルドランクが上がった! 二星だ!!」
「待て……ソニア。お前……今まで一星だったのか……私達と行動を共にしていたはずなのだが?」
散華ちゃんに呆れられた。
「うん。おかしいよね。全くギルドはどんな評価してるんだ! 憤慨です!」
「ソニアは余計な事するから仕方ないんじゃない? 私も最初は成功を失敗に導く天災かとおもったわよ」
「ああ……そうだったな。その度に私達がフォローさせられて……」
アリシア先輩と散華ちゃんが懐かしそうに言う。
「おかげで今の我々があるのです。何という美談でしょう!」
「ソニア。お前は反省しろ」
「はい……」
散華ちゃんに怒られました。
おかしい……ランクアップを喜んでいたはずなのに……
「今回は皆さん、ランクアップがあったようですね。では一度皆さんのランクを把握しておきましょう」
師匠がそう言ったので紙に書いた。今回上がったものだ。
蓮華姉さん 六星 ★★★★★★
アイリーン師匠 六星 ★★★★★★
エリス 五星 ★★★★★
散華ちゃん 五星 ★★★★★
アリシア先輩 四星 ★★★★
ツヴェルフ 三星 ★★★
クロ 三星 ★★★
ソニア 二星 ★★
って何でクロが私より上なんだよ!
いつの間に冒険者登録してたんだ! おかげで私が最下位じゃないか!
「こう言っては何ですが参考になる様な、ならない様ななんとも微妙な感じですね」
「そうね。でも認められたのは素直に嬉しいわ」
蓮華姉さんとアリシア先輩がそれぞれ感想を述べた。
「そうですね。それでは今度お祝いしましょうか? エリスと蓮華の入団祝いも兼ねて。私が言うのも変ですが……」
師匠は正式にはまだパーティー青薔薇に入ってくれない。助っ人扱いで仮入団に近い形だ。
その辺りの事情は教えてくれないし、彼女が話したがらない以上安易に聞くこともできない。無理強いしては本当に離れてしまうかもしれない。
エリスも入団を渋った辺り、皆何かしらの事情や立場を抱えている。今は安易に踏み込むわけにもいかないのだと思う。
沈みそうになる空気を払拭するためにあえて、声を張り上げて言う。
「おお。それは良いですね師匠! サプライズを用意してやりますよ!」
「やめろソニア! お前のサプライズは悪い予感しかしない」
ところが、いきなり散華ちゃんに止められた。何故だ?
それはそれとして今度お祝いはすることになった。
†
某所。
一人の男が目を覚ました。
「ハッ……。何だ? 生きてるのか俺は? ハハ 何だよ。驚かせやがって! あの時、確かに俺は消えたはずだが……生きているなら、まあ良い」
男は辺りを見るが、景色にまるで見覚えがない。
一面の短い草地で、それが遥か彼方まで続いている。
「何処だ? ここは? 王国内か? しかし、やけに匂うな」
そこには薔薇の匂いが漂っていた。男は堪らず鼻をつまむ。
「光の勇者よ……死んでしまうとは情けない……」
そう言って現れたのは薔薇の男だ。
(この匂い、こいつのせいかよ!)
「ああ……すいません。一度言ってみたかったんですよね。どうか気を悪くしないでください」
「お前が助けてくれたのか?」
「いえ、助けてませんよ? ああ、そうですか。 まだ認識されてないようですね」
「何の事だ?」
いまいち要領を得ない男の言葉に勇者は混乱する。
「エリュシオンの勇者が
「何だと?」
「ではもう一度言いましょう。光の勇者よ……死んでしまうとは情けない……」
「てめえ……つまり俺は死んだってことか?」
「ええ。そうです。『識界』って聞いた事ありますかね? 我々はそう呼んでいるんですが。あの女神の慈悲ですよ。ここへ飛ばされたのは。もっとも、肉体は滅んでますので、帰りたくても帰れないでしょうが……」
(ここまで言われれば俺だって分かる。どうやら俺は本当に死んだらしい……)
「はは。天国へ飛ばされたってか。じゃあ、お前は何でいるんだ? 帰る方法があるのだろう?」
「おや、鋭いですね……ですが帰りたいですか? こう言ってはなんですが、ここは良いところですよ? 少なくとも今は」
確認するように薔薇の男は聞いてきた。だが、勇者の答えは決まっていた。
「当然帰るさ。決着を着けなきゃいけない奴がいるからな」
「復讐ですか? 王様に? それとも彼女達でしょうか?」
「……俺の欲しいものがわかるのだろう?」
「参りましたね……あれは失言でした」
薔薇の男は反省した素振りも見せずにそう言った。
「すぐに帰れるのか?」
「いえ、先ほど申し上げましたが肉体は滅んでいます。代わりとなる器が必要です。まあ不人気な骸骨でしたらすぐにでも用意できますが。私は悪くないとおもいますよ。骸骨勇者でも。……そうですね。そう言うと何やら格好いい気がしてきましたね! 骸骨勇者! じゃあせっかくですので骸骨にしましょうか?」
(冗談だよな?)
「……普通ので頼む」
そう言うと薔薇男は心底残念そうにした。
(いつも思うがこいつの考えはまるで分からない。わからせようとしない)
「おや。残念です。では元の勇者に似せた人形になりますが、製作に少々お時間をいただきますよ?」
「ああ。しばらく、のんびりするさ」
「ああ、それと人形ですので元の肉体の様に馴染むまでにはしばらく時間がかかります」
「……わかった」
(この際、これ以上の贅沢は言っていられない。死んだのは事実のようだから)
「そうですね。その間この場所を知っておくと良いかもしれませんね。何せここは魔素が満ちていますから。魔法の修行でもしながら待っていてください」
「分かった。よろしく頼む」
「はい。持ちつ持たれつですからね。こちらこそまたお願いしますよ」
「ああ」
勇者が手を挙げてぶっきらぼうにそう答えると、薔薇の男は何やら慌て出した。
「おっと。いけない。見つかってしまいましたか。私は逃げさせてもらいますよ」
そう言うと薔薇の男はそそくさと、小さな方形の魔導具を取り出し使用した。
男の周囲に魔法陣が描かれる。
「ああ。間違っても入らないでくださいね。
「入らねえよ」
「ああ。幽霊勇者というのも悪くはない気が……」
そう言い残して、薔薇の男は光と共に消えた。
「……どんな趣味だよ」
こいつに任せて大丈夫だろうか、と勇者はとても不安になるのだった。
(だが、わざわざ死者にまで会いに来るとは……相変わらず目的がさっぱり読めない男だ)
残された勇者はこれからどうするかを考えるが、鼻の奥に残るような薔薇の匂いに集中できない。
「しかし、毎度のことながらやけに匂いがきついな。いや、この場所だからか?」
薔薇の男は去ったが、そこには未だに薔薇の匂いが残っている。
さっさとその場を離れた方が良い気がした勇者はすぐにその場を離れるのだった……
☆☆☆☆
お付き合いいただきありがとうございました。
ここまでが一章となります。
カクヨム様では手直ししながら進めていますので、ゆっくりめな更新となっております。
次章からはエルフの国、アルフヘイム編となります。
よろしければ、肩の力を抜いて気軽に読んでいただければ幸いです。
青の魔女 ズウィンズウィン @zuwinzuwin
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