第34話 エリュシオンその後

 武闘大会から数日経過して光の勇者が死んだことが国中に広まった。


 勇者については様々な議論が飛び交っていた。

 当時観客席にいた人間は悪く言ったが、王国の特に王都では人気があるらしく賛否両論のようだ。

 ただ破壊された街と学園の一部はその壮絶さを物語っていた。


 近く王都では盛大な葬儀が行われるらしい。

 死んでからも宣伝に使われるとは哀れな奴だと、多少の同情は禁じえなかった。


 学園では生徒会が再編されることとなった。

 先の大会の損害を受けてのことだ。

 またそれには活躍の褒美も兼ねて、暗黒騎士団も正式に参加することになった。


 大会は結果的には失敗となってしまったが、それは勇者の反乱のせいだったので生徒会長の進退問題には繋がらなかった。

 もっとも繋がったとしても、散華ちゃんなら再選確実なので意味はない。


 むしろ一部ではそれを阻止した英雄扱いになっていた。

 そのため暗黒騎士団には入団希望者が殺到してアリス達幹部が対応に苦慮していた。

 私はそれを大変そうだな……と見守ってあげていた。

 いや、ほら邪魔になったら悪いし……


 こうして暗黒騎士団と聖騎士団は肩を並べる存在となった。



 †



 アイリーンは回復をした元女神の少女を教授の許へ連れて行った。

 それにはツヴェルフも同行した。試合で傷ついたメンテナンスもお願いするためだ。


「教授。彼女はどうですか?」

「うむ。特に悪いところは見つからないね。記憶の方はどうとも言えないがね。戻るときは戻るし、戻らない時は戻らない。ただ戻ったとしても、もうここは別世界の様なものだ。どちらが良いとは言えないね」

「そうですよね……それで彼女の今後は……」


 アイリーンは心配げに相談する。


「ああ。そうだね。君が面倒を見てあげると良い。確か修道院にはまだ部屋が余っていたね?」

「私がですか!? しかし、どうしたらいいのか……」

「なに、特別なことをする必要は無いよ。いつも通りに暮らせばいい。まあ多少は助け合う必要があるだろうが。良い機会だろう。私も協力するよ。もちろんツヴェルフも協力してくれるね?」


 ツヴェルフはやる気だった。


「もちろんです! 一度、修道女シスターにもなってみたいと思っていました」

「えっ!? ツヴェルフも住み込むのですか?」


 アイリーンは驚く、急に二人も住人が増えれば無理もない。

 ツヴェルフは修道院にはよく泊るが、教授の家と行ったり来たりしている。逆に教授は家に帰らないことも多いようだ。


「おお。あのツヴェルフが自分からやる気を出すまでになるとは……やはり君達に託して正解だったようだ。では決まりだね。よろしく頼むよ」

「……わかりました」


 アイリーンはそう言ったものの、大丈夫なのかしら? と不安に思うのだった。



 †



 街のとある酒場。

 大佐に呼ばれてエリュシオンのメンバーが集まっている。

 集まった三人を見渡して、大佐が会合の目的を言った。


「皆知っての通り、光の勇者ローレンは死んだ。そこで皆の意見が聞きたい。今後エリュシオンをどうするかだ」

「大丈夫だ! 問題ない! 何故ならこの俺、炎の勇者ダンがいるからだ! 俺が今は亡き光の勇者の意思を継ごう!」


 その話を受けて即座にダンがそう言った。自身が炎の勇者になったのは、亡くなった光の勇者に敬意を表してである。

 ダン曰く「お前以外に光の勇者はいなかったぜ……」だそうである。


「それは良いんだけど……でもダンじゃねえ……。残念ながら求心力の低下は否めないわね。その点あの男は抜け目なかったわよね」


 それに対してのエリスの意見だった。皆、勇者のそうしたところは認めている。

 その流れを後押しするように蓮華が発言する。


「皆さんすみませんが、私は抜けさせていただきます」

「蓮華? 良いの? 確かお父さんの要請だったはずでは?」

「ええ。私はもう妹とは離れられないようです。心が通じ合ってしまいましたので……」


 蓮華はそう言ってウットリしている。

 それを聞いてやや、たじろぎながらもエリスが応じた。


「そ、そう。じゃあ私も抜けようかしら。元々、蓮華についてきただけだったし」

「そうか……」


 そう言って大佐はダンの方を見る。そしてため息をつくと。


「ではエリュシオンは解散だな。皆、今までご苦労だった」

「おいいい! 何故解散? そして何故ため息? いや、俺も大佐と二人じゃ、やっていく自信はないけどよ」

「分かっているじゃないか。そういうことだよ」


 大佐にはっきり言われて傷付いたのだろうか?


「ぐっ……いつか大佐よりビッグになってやるううぅぅ! お世話になりました!!」


 そう言い残すとダンは店を飛び出し、走り去った。目に涙を溜めて。


「ではわたくし達も行きます。お世話になりました」

「そうね。大佐のおかげで保っていたパーティーだったわ。お世話になりました」

「ああ。素直に光栄に思うよ。こちらこそ世話になった。また会うこともあるだろう。その時はよろしく頼む」

「ええ。こちらこそ」


 そうして蓮華とエリスは大佐と別れた。

 店から出てしばらく二人で歩く。

 しばらく歩いて、静かな落ち着いた公園のようなところへ出ていた。

 長く離れていたとはいえ、ここは蓮華の故郷である。このような場所も知っている。


「それでエリスはこれからどうするの? わたくしとしては一緒に来て欲しいのだけど?」

「そうなのよね。私も蓮華と一緒に居たいけど……。蓮華はあの子達のパーティー、青薔薇クールビューティーに入るのよね」

「ええ。そうなるわ」


 その応えに、少し考え込むようにしてダークエルフの彼女は話す。


「そうすると、少し難しい事情があるのよね……」

「わたくしにも話せないことかしら?」

「今はまだね。その時じゃないみたい」

「そう……」


 エリスも星を読む。占星術というらしい。それを行動の指針の一つにするのだ。



 †



 それから数日が経って別れに決めた日が来た。

 蓮華の他に青薔薇のメンバーまで集まっている。


「蓮華。じゃあお別れね。色々あったけど楽しかったわ」

「エリス。もう一度言います。あなたも残ってください。わたくしはあなたに残って欲しいです」

「……それはちょっと難しいのよね」


 そう言ってアリシアの方を見た。二人は以前からの知り合いらしい。


「私は別に構わないわよ?」

「あら? 本当に? でもやめておくわ。色々と拙いことになりそうなのよね」


 皆は引き留めたいのだ。もしかしたら、アリシア先輩はその辺りの事情を知っているのかもしれない。


 だが私は敢えて荒波を進もうとするエリスを送り出そうではないか!

 私の中でエリスが青薔薇に入るのは確定している。だがそれは今すぐでなくても良いのだ。


「どうぞご自由に」


 流れに反して、あえて私はそれを言った。


「ソニア!?」


 私の言葉にアリシア先輩が驚いている。冷たいと思われたのかもしれない。

 しかし考え直した様子で……


「そうよね……じゃあね。また会いましょう」


 それを告げるアリシア先輩、エリスの意思を汲んでのことだろう。


「ソニア? 良いのですか? 少々、意外ですね。貴女が一番引き留めそうに思ったのですが……」

「師匠。私を何だと思っているのですか! 良いのです。何故なら家畜には放牧が必要なのです!」

「酷い例えだな! しかもどういう意味の否定なんだ」


 散華ちゃんが私にツッコミを入れる。

 エリスも「私、家畜扱い……」と呟いていた。


「そして、いずれ気付くでしょう。ここは既に檻の中であったと!」

「つまり逃げ出せないと言いたいのか?」


 家畜だけにね! と私はドヤ顔で、言うのだけはやめておいた。


「そうです! 私から離れると毎夜、淫夢にうなされ悶々としてしまう事でしょう!」

「お前……何をする気だ」

「丁度良い機会です! 前々から淫魔サキュバスが欲しいと思っておりました。この機に契約を成功させて見せます! それを監視として……いえ、善意の護衛として強制的に押しつけてあげます!」

「おい! やめろ! 確実に私達まで被害が及ぶだろう! しかも善意とかタチが悪すぎる!」


 散華ちゃんは止めてくるが、私はやる気です!


「今晩召喚の儀式に入るとして明日あたりに合流させますので、先に行って待っていてください!」


 隣で散華ちゃんがなにやら喚いているが、私はやめない。


「いや、何分、急だったのでね。召喚儀式の資料を集めるのに苦労しました」


 私は私の努力をアピールしておいた。

 家が魔導書店で良かった。そうでなくては、間に合わないところだった。


「しかも、初めてじゃないのか!? 絶対、失敗するだろ!」

「誰にだって初めてはあるのさ……」


 いや、知らんけど。意味深長に言ってみただけだ。

 私の勢いに吞まれるようにしていたエリスだったが、ハッとしたように気づく。


「……私、脅されているのかしら?」

「ええ。諦めてください。あの子はやる気です。私達は逃げていますので、どうか淫魔と良い旅を……」

「できるか!」


 エリスは師匠に抗議していた。

 先日の一件以来、師匠はエリスに厳しい気がするのは気のせいだろうか?

 むしろ愛の鞭というのかもしれない……


「困りましたね。淫魔を連れて行ってくれないと。女性の一人旅は危険ですし……」

「余計に危険だわ!」


 抗議のあと、エリスはため息をついてから言った。


「……分かったわよ。残ればいいのでしょう?」

「ええっ!? 私としては淫魔と旅して成長したエリスも見てみたいのですが?」

「どんな成長だ……すまないが残ってくれ!」


 私の言葉に対して、散華ちゃんはエリスに懇願していた。


「ええ。残るわ。……蓮華の言っていた通り恐ろしい子ね。いえ、恐ろしい師弟ね……」


 エリスはこの決断が良いのかどうかさえ分からなくなるのだった……

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