第3話
構えていた2本の槍を背負い、ドレクは先へ進む。
猛獣たちが騒ぎ立てる中、扉を開けた。中にも同じような光の玉が1つ浮いている。
確認できるのは入り口の大きなホールとは打って変わって、6畳くらいの狭い空間。その中心には猛獣を収容していたのと同じ金色の檻。その中には灰色のフードを被った少女が座り込んでいた。テント近くに住んでいた住民が聞いていた叫び声というのは、きっとこの子のものだろう。
「大丈夫?」
ドレクが少女に問いかける。
声をかけられた少女がドレク見上げた。
薄汚れた白いシャツに下は灰色の短パンを履いている。少しばかりやつれている印象があり、扱いがぞんざいだったように伺える。だがドレクはそんなこと意に介さず、少女の瞳を見つめていた。
少女の持つ金色の瞳。その中には生きたいと願う力強さをひしひしと感じた。
「ごめん、今出してあげるから、ちょっと下がってて」
少女が檻の隅に移動したのを確認すると、ドレクは短い槍を1本持ち、南京錠の部分に向かって刃を打ち付けた。金属がぶつかり合う音が響き、南京錠が壊れる。
扉を開けると、ドレクは少女に手を差し伸べた。
「立てる?」
少女は無言で頷くと、ドレクの手を取った。顔はやつれているが手は温かい。
檻の中から少女を出し、手を取りながら膝を折り目線を少女と同じにする。
身長は小柄な方でドレクのお腹の真ん中あたりに頭のてっぺんが来るほど。朱色の髪に金色の瞳。全体的に体は細いが、華奢な印象を受ける。
叫び声を聞いたとあったが、その割には体に傷は見られない。不思議に感じつつもけがをしていないようで、ドレクはホッした。
「君、名前は? どうしてこんなところにいるの?」
ドレクは少女に問いかける。だがその質問には答えず。少女はうつむくだけだった。
少し困りながらも、すぐに切り替えるドレク。
「まあ、今はそんなことよりここを出ることが先か。ついてきて。一緒に行こう」
再び彼女の手を取り、来た道を戻る。
扉を開けると、また猛獣たちの咆哮が耳に飛び込んできた。そのやかましさに、ドレクは思わず眉間に皺を寄せる。
そしてすぐに異変に気付いた。
「……あいつらがいない」
床に伸びていたはずの男たちの姿が、綺麗さっぱり消えていた。
更にもう1つの異変が起こっていた。いくつかの檻の南京錠が開いており、中が空になっていた。そして通路の奥から現れたモンスターが3匹、2人の行く手を阻んでいた。
「隠れて!」
すぐさまドレクは少女と共に、近くの物陰に隠れる。そのまま通路を覗き込み、前方を確認した。
体全体がごつごつした岩で二足歩行のゴーレム。鷲のような上半身に獅子のような体で大きな翼を生やしたグリフォンに、白い体毛で覆われているウルフの3匹。
通路は左右に檻が設置してあるため、回り込むことは少し難しい。正面突破しかなさそうだ。
ドレクは少女に向き直り、小さな肩に手を置き語り掛ける。
「絶対ここから動かないで。分かった?」
不安そうな表情の少女がコクリと頷いたのを確認すると、ドレクは背中の短い槍を1本手にかけながら、通路を見やる。
1番奥で入り口を塞いでいるのがゴーレム。中央付近で円を描くように歩いているウルフに、近くでゆっくりと歩いているのはグリフォンだ。
こちらにゆっくりと歩いてきたグリフォンに、ドレクは狙いを定める。足を止め、 彼の反対側を見た瞬間を見逃さない。
槍を抜き、疾駆。
「うおおおおおおおおおお!!」
雄叫びを上げ、10メートルほどの距離を一瞬で駆け抜け、グリフォンの首筋に左手に持った槍を突き立てた。
甲高い叫び声とほとばしる血しぶき。それに呼応するかのように、檻に閉じ込められているモンスターの喚声が響き渡る。
痛みに悶え、暴れまわるグリフォンの力に負けないよう、刺さったままの槍を左手に持ちながらぶら下がる態勢になるドレク。
「大人しく、しろ!」
体が揺さぶられながら右手でもう1本の槍を持ち、グリフォンの体に突き刺した。
重ねるように叫び声を上げるグリフォン。ドレクはその体を蹴り、床に着地。
その瞬間を狩り取るように、ウルフがドレクに向かって襲い掛かってきた。
「くっ!?」
ウルフの噛みつきを右ひじにつけていた甲冑で間一髪防ぐ。今にも噛み千切らん勢いの猛獣を睨みつけながら、勢いよくウルフを払いのける。
「今だ!」
地面に転がるウルフを視界の隅に移しながら、疾駆。
槍が刺さりながらもドレクを踏みつぶそうと、グリフォンは片足を上げ、ドレクを踏みつぶそうと狙いを定めていた。
「遅い!」
上がっていたグリフォンの足の下を潜り抜け、床を蹴り中に飛ぶ。首筋に刺さったままの槍を両手に持ち、力を込める。
「ふんっ!」
握った槍を起点に体を反らし、グリフォンの大きな体に片足をつけ、勢いよく槍を引き抜いた。せき止められていた鮮血が勢いよく流れ出すのと同時に、グリフォンが今までで一番大きな声を上げ、倒れこんだ。ドレク巨体に潰されないようにそれを避け、体に刺さっていたもう1本の槍を回収した。
「まずは1匹!」
両手に持った槍を構え直すのも束の間、地鳴りを響かせながらゴーレムが近づいてくる。ドレクより1回り大きい体を捻り、肥大化した右手を叩きつける。
床を蹴り、ドレクはそれを避ける。代わりに叩かれた床には小さなクレーターが出来上がっていた。
そのままの勢いでドレクは走り出し、ゴーレムの背後に回り込む。
黒い巨体の背中の中心には、紫色に光る石が埋め込まれている。そこがゴーレムの弱点だと、ドレクは知っていた。
「貫く!」
槍を紫色の石に突き刺す。だがその硬さに阻まれ、弾き火花が散る。
「もう1本!」
すかさずもう片方の槍を同じ個所に突き立てた。
紫色の石にひびが入ったのを確認すると、ドレクはゴーレムの背中を少し押し込むように力を込めた。
大きな黒い岩がよろめいたと思うと紫色の石が砕けたと同時に、ゴーレムの体が粉々に崩れ落ちた。
「残るは……1匹」
荒くなった息を整えながら、立ち込める土煙を払いのける。
「キャー!!」
「━!?」
その時少女の叫び声が、周りの猛獣達の声に交じって聞こえてきた。
声を聞いたと同時に、ドレクは少女が隠れている物陰に走る。眼前には今にも襲い掛かろうとするウルフの姿が見えた。
「まずい!」
足の速さには自信があるドレクだが、この距離では間に合わない。
彼は少女の目を思い出していた。生きたいという強い気持ち。そう力強くそう感じさせるあの目だ。
ここで死なせるわけにはいかない。
そう思ったその時だ。
「えっ!?」
少女が自分の両手を胸に重ねるように置くと、今にも鋭い歯を突き立てようとしていたウルフの体が跳ね返された。
「今だ!」
少女とウルフの距離が少し離れたその瞬間を、ドレクは見逃さない。
走っていた足を止め、その勢いで振りかぶると、右手に持っていた槍を思いきり投げ飛ばした。
「いけっ!!」
態勢を崩していたウルフの体に、ドレクの投げた槍が一直線に突き刺さった。
白い体毛に包まれたウルフが倒れこみ、その体が赤く染まる。
「大丈夫!? ケガはない?」
左手に持っていた槍を背負い込むと、ドレクは急いで少女の元に駆け寄った。
幸いにも先ほどの戦闘でのケガはなかったようだ。
ホッと胸をなでおろしたドレク。
「さっきのは何? どうやったの?」
純粋な疑問を少女に投げかける。もしかして魔法の類だろうか?
少女は自分の胸元から何かを取り出す。小さな手に乗せられていたのは、白銀の丸い玉だった。表面には炎のようなマークの中心に竜の顔が描かれており、それが浮かび上がるように玉の中が鈍く光っている。
「これは……!」
ドレクにはとても見覚えのあるものだった。
ドラゴンライダー @mutukiue
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