第2話

騒がしい店内とは裏腹に、外はそよ風が村を通り過ぎ、太陽が顔を出す気持ちの良い天気だ。

ドレクは店主からもらった地図を見る。酒が少しばかり入っているが、このくらいなら支障はない。

地図上の矢印を指でなぞる。村から出て少し離れた地点に野営地があるようだ。

方向を確かめながら、先へ進む。

道中村の住人が畑を耕しているのが見えた。ドレクがそちらを見ると向こうも気づき、にこやかに会釈した。ドレクもそれを返しながら先へ進む。

ここリボーヴは、東に位置する国イーヴィドの更に東にある村だ。風のドラゴン、ウィンドケイルを信仰しており、イーヴィドではおよそ田舎に位置する場所にある。主にエルフ族が国民の多くを占め、リボーヴも例外ではない。魔法が発達しているが、イウィードの人たちは争いごとを好まない事で知られている。魔法は誰かを傷つける為ではなく、人を幸せにするものであるといいんだけどイーヴィドでは言い伝えられている。

「ここかな」

しばらく歩いているうちに、村はずれの空き地にドーム型の大きな赤いテントが張られている場所にでた。ここが店主の言っていたサーカス団の野営地だろう。

ドレクは片膝を地面につきながら目を閉じ、耳を澄ませる。聞こえてくるのは猛獣の唸り声や咆哮。それに加えて話し声がいくつか。

「5人くらいかな。友好的な人たちだといいんだけど」

テントの入り口である赤い布地の帳を潜り抜ける。

まず目に入ってきたのは、直径20メートルほどある大きなホール。その周りには観客席が円を作るように広がり、ホールの中心には蝋燭が1本浮かんでいる。広い空間のなかに光源はそこしかなく、かなり異様な光景だ。

「これがサーカス団のテント? おかしいな」

空中ブランコや両端に飛び乗る高台があってもおかしくない。練習している人影もなく、蝋燭1本だけが浮いているというのは違和感しかない。

「音はこの奥からか」

目が少しづつ慣れてきたことで、奥に進む通路が確認できた。ドレクは慎重に先へ進む。

奥は一本道の太い通路になっており、光の玉が各所にフワフワと浮いている。幻想的な風景を醸し出しているが、この場所は猛獣管理所らしく、金色の檻の中にはゴーレムやグリフォン、オークやキマイラが収容されておりいる。猛獣を使ったショーは確かに存在するが、この数は多すぎるとドレクは感じた。けたたましい様々な鳴き声が響き渡り、非常に騒がしい。

「誰だ貴様!」

あっけに取られていたドレクに、突然怒号が降り注いだ。

声のした方向を見ると、赤いローブに身を包んだ男が立っていた。頭から口元まで覆われた被り物をしており、表情が全く確認できない。

「すいません、道に迷ってしまいまして」

「ここは関係者以外立ち入り禁止だ! とっとと出ていけ!」

男の激しい剣幕でドレクを怒鳴りつける。だがドレクは全く動じず、男に尋ねる。

「近隣の方から話を聞きまして、夜に悲鳴が聞こえると言うらしいんですが、一体ここで何をしてらっしゃるのですか?」

「そ、そんなこと、お前には関係ない!」

ドレクの問いに、男は慌てている様子だ。

更に畳みかけるように、ドレクは男に声をかける。

「サーカス団のテントという風に聞いたのですが、本当にそうなのでしょうか? この猛獣の数は明らかにおかしいですし、もっと人がいてもおかしくなさそうですが」

そう言ったあと、ドレクは自分が入ってきた通路から、気配を感じた。

背負っている短い槍2本を掴む。

「お前ら! やっちまえ!!」

目の前の男がそう叫ぶと、ドレクの後ろから複数の足音が聞こえる。

首だけを曲げて後ろを少し見ると、同じローブを纏った集団が、ドレクに襲い掛かってきた。手には剣や斧をそれぞれ手に持ち、今にも振りかぶろうとしている。

「それ、遅すぎる!」

ドレクは一言そう叫ぶと、槍を両手に持ち、先頭の男を右手に持った槍で振り向きざまに左から右に薙ぐ。そのまま後ろにいたもう1人を左手に持った槍で突いた。襲い掛かろうとしていた男の右肩を貫く。鮮血が飛び散り、赤いローブがより紅く染まる。

「ぐえっ!」

苦しそうなうめき声を上げながら、男2人は床に転がった。檻に入っている猛獣が、興奮したように声を荒げる。

「てめぇ! やりやがったな!」

後ろに控えていた男2人が、同時に襲い掛かってきた。

ドレクは両手に持った槍を回し、構えなおすと男2人の足元を払った。男2人はいとも簡単に転び、ドレクは槍の柄の部分で背中を叩きつける。

「ぐあっ!」

「目の前しか見ないのは嫌いじゃないけど、それじゃあ俺には勝てない」

そう言うと、最初に出くわした男に向き直った。

「くっ……!」

ローブを纏った男はドレクを見ると、一歩退いた。

返り血を浴びたドレクの顔は、獲物を捕らえようとしている獣のように、鋭い視線で男をにらみつける。

ゆっくりと歩を進めるドレク。そのまま男の横を通り過ぎた。

「別にあなたをどうこうするつもりはありません。ただ奥を少し確認させてください」

そもそもドレクがここに来た理由は酒場の店主からの依頼で、女の子の声が聞こえると言われたからだ。ここに何があって、連中が何をしているのかは、彼にとってさほど大きな問題ではない。

男はドレクの強い視線に気圧され、思わず尻もちをついた。額からは脂汗が浮かび上がり、恐怖が浮かぶ表情を浮かべている。この男には何をしても勝てない。男はそう悟っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る