ドラゴンライダー

@mutukiue

第1話

そこは暗闇だった。

右も左も、上も下も、自分が立っているのか座っているのかも、よく分からなかった。

ただ茫然と目の前を見ていた。目が慣れてくると、何かがそこにいるのが分かった。この暗闇よりもさらに色濃く、自分より大きな輪郭が4つほど見える。それを見た直後に、なんだかとても懐かしく感じた。

意識が朦朧とする中、微かに声が聞こえてくる。

「我が名は━」


「もしもーし! ちょっと聞いてる!?」

「━!?」

激しく肩を揺さぶられて、ドレクは目を覚ました。

目の前には猫のような耳を生やした女性が、ドレクの顔を覗き込むように見ている。

髪はきれいな金髪ですらっとした手足。薄く日焼けしたような褐色な肌をしており、緑色の大きな瞳は見つめていると吸い込まれてしまいそうだ。

胸元や肩を露出させた布面積が少なめな白い服を着ており、目のやり場に困る。

ドレクの視線の先には、酒場の店主が別の客に酒を出しているのが見えた。

「すいませんナキアさん。いつの間にか寝ちゃってたみたいで……」

そう言いながら、ドレクはバツが悪そうにナキアから視線をズラした。

「なーんで人と会話してる最中に寝ちゃうのよ君は!」

「それはナキアさんの話が長いからであって……」

そう言おうと思ったドレクだったが、ナキアに睨まれたのでその言葉を飲み込んだ。

「いいドレク? 私はね、私たちキャミー族がどういう種族で、どこから来たのかを世間知らずなあなたに教えてあげようと━」

ああまた始まった。ドレクはそう思いながら、テーブルに置いてあるジョッキを掴み、中にある酒を一口飲んだ。

ドレクとナキアの二人は酒場にいた。時間にしてはまだお昼を過ぎたあたり。

旅の途中で立ち寄った村、リボーヴについた矢先、行商人であるナキアと出会った。とても饒舌に話すナキアはすぐにドレクと仲良くなり、近くの酒場でドレクはナキアの話を一方的に聞かされていた。ドレクはナキアから別段必要ではないものを沢山掴まされたあげく、酒代は彼が払うことになっているのは言うまでもない。

つまるところ、ナキアは酒に酔っていた。彼女の持つジョッキにはまだ酒が半分ほど残っており、表情も普段の時とあまり変わらないが、逆にドレクにはそこが驚きだった。彼も酒に弱い方だが、彼女の方が更に弱かったからだ。それにこんな簡単に酔ってしまってその服装はあまりに無防備ではないか? と少し心配になった。

酒の酔い方には色々ある。暴れる酔いもあれば泣く酔い方、泣く酔い方もあるが、ナキアの場合は絡む酔い方。回る口に酒が入ったことにより、その勢いはマシンガンの如く言葉を発射し続けている。

酒場には複数で腰掛けられる木造のテーブルが5つとカウンター席が4つ。ドレクとナキアはカウンター席で横に並ぶように座って酒を飲んでいた。この時間にしては多くの客が騒いでおり、店内は非常に賑やかだ。

「姉ちゃんそこまでにしとけって。そこのお兄さんが困ってるじゃないか」

見かねた酒場の店主がカウンター内から声をかけてきた。右手に持っていたコップには水が入っており、それをナキアに差し出す。それを見た彼女は水を一気に飲み干し、勢いよくコップをテーブルに叩きつけた。

「いえ、まだまだ足りないわ!私の故郷がいかに素敵で素晴らしいところかを語りつくすにはもっと話さないと私的に伝わったとは言えない━」

勢いがとどまることはなく、ナキアはしゃべり続ける。キャミー族特有の尻尾が左右に揺れており、上機嫌だ。

酒場の店主とドレクはお互い苦笑いを交わした。

大柄でがっしりとした筋肉に広い肩幅。丸刈りの頭にはタオルをハチマキのように巻いており、とても腕っぷしが強そうだ。今までひどい酔い方をした客を、その力で蹴散らしてきたのだろう。体格とは正反対な優しそうな笑みを浮かべドレクに声をかける。

「兄ちゃんは旅の人なのか? この辺では見ない顔だし、かなり良い物を持ってるようだが」

そう言うと、店主はドレクの背負っている物を指さした。

そこにはドレクの背丈以上に長い槍が一本と、それよりも少し短い槍が二本、長槍を中心に交差するように背負われている。

両ひじと両肩には硬い銀の甲冑を着用し、胸元は布をあしらい身軽にしてある。下半身茶色い長ズボンを着用し、足首までを覆う銀の鎧靴を履いている。

隣でナキアが何か言い続けているが、ドレクは店主の質問に答えた。

「はい。ゆく先々で依頼をこなしながら、旅をしています」

「そうだったか。最近はどこも物騒だし、腕に自信があるやつじゃないと旅にも出れないよな。最近ではドラゴンを見たっていう奴もいたみたいだぜ」

「へぇ、ドラゴンですか」

そう言いながら、ドレクは天井を仰ぎ見た。

先ほど見た夢の内容を思い出そうと赤い目を細める。なんだか妙に懐かしいような、そんな感じがした。

「そうだ兄ちゃん。腕に覚えがあるんなら、ちょっと頼みたいことがあるんだが、いいか?」

そう言うと、店主はカウンター下から1枚の紙を取り出し、ドレクに差し出した。

夢の内容を思い出すのを中断し、ドレクはその紙を見下ろす。そこには村の地図と道筋に沿った矢印が引いており、先にはバツ印が書いてある。

「最近村はずれにサーカス集団が野営している所があるんだ。近々見せ物をしてくれるそうなんだが、どうも近くに住む連中からはあまりいい噂を聞かなくてな」

店主の表情が曇る。

「どういうことですか? サーカスっていうのなら、あまり危険な感じはしませんが」

ドレクが不思議そうに首を捻る。

「数日前からそこに野営しているんだが、夜中になると騒がしい声とともに、若い女の子の悲鳴が聞こえる事があるそうなんだ」

「それは……ちょっと気になりますね」

「そうだろ? 他所から来た兄ちゃんにこんなことを頼むのは何なんだが、ここの村の連中はあまり争いごとを好まない。俺が行ってもいいんだが、この店を離れるわけにもいかんしな」

そう言いながら、店主は酒場を見回した。相変わらず賑やかな声が酒場内を包んでいる。ここで働いている従業員は店主以外にはいないようだ。

「分かりました。俺でよければ引き受けますよ」

「ありがとう。恩に着るよ。報酬は金貨3枚でいいか?」

店主がドレクに言い渡した金額は、数時間前にナキアに支払った金額の半分ほどの額だった。

「もちろんです。では、早速行ってきますね」

そう言いながら席を立ち、地図を店主から受け取るとカウンターに背を向け、酒場の入り口へ向かう。

「ちょっとドレク!! 私の話はまだ終わってないわよー!!!」

後方から飛んでくるナキアの叫びを聞きながら、ドレクは酒場を後にした。

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