say cheese

 樹はその後、毎日サボらずに行っていた学校を休むようになり、代わりに僕と街を散策したり、少し遠くへ出かけたりした。急に休みだした理由を訊くと、「どうせ簡単な授業だったんだし、それなら外に行ったほうが得るものは大きい」と返された。やはりそうなのかと少しばかり呆れたが、口には出さないでおいた。両親は急に学校を休み始めた樹を心配し、しかしそれも、彼が説明すると納得して許してくれた。「もともと写真を撮れるようになるために来たわけだし、あなたがそうしたいならそうした方がいいわ」だそうだ。


 外出時は二人ともカメラを持って行ったが、両方とも使われることはなかった。樹は、何度もカメラを構えてはしばらく静止して、景色と向き合って、最後は諦めて、という動作を繰り返していた。その調子で最後までシャッターを切ることはなく、一方の僕はそもそもカメラを取り出すこともせずに、そうして苦戦する彼を眺めていた。彼は構える際に毎度のように息を止めるので、諦めるときに吐き出すため息のような呼吸音も、もう聴き慣れてしまった。それでも、前のように気まずくなることはなかった。撮り損なって一息ついた彼は、振り返ったときにはもう立ち直ってその日の昼食の話などをしてくる。僕もそれに戸惑うことなく応じるので、何も起こらず時間は過ぎた。


 そんな風にあちこちを巡っているとあっという間に時が経ち、合計で三週間半ほどの留学は、彼が八月の下旬に日本に帰ることで終わりを迎えた。結局樹はスランプから抜け出すことはできず、しかし来たときよりは穏やかな表情をしていたのでそれで十分だろう。





 彼が帰ってから僕は写真の現像を頼みに専門の店を探した。もちろん僕の住む街にそんな洒落しゃれた店はあるわけがないので、近くで一番栄えている街まで父の運転する車でお邪魔した。店内は空いていたので現像はすぐに終わり、二十七枚の写真が手渡された。彼と過ごした間の四枚と、彼が帰ってから撮った二十三枚。後者の二十三枚は、せっかく現像するのだからと街の景色を適当に収めた。どれの出来も言うまでもなかったが、一枚だけ、樹が朝陽を前に呆然と立ち尽くしている写真だけは、悪くなかった。これは僕が記憶の補正をかけているからなのか、それとも真剣に自分が撮りたいと思って撮った唯一の写真だからなのかはわからない。ただ、灰色の空から射す何筋かの光を、一心に受け止める樹の姿は、悪くなかった。


 いつか、彼は乗り越えるだろう。なんでもないような顔をして、軽い冗談でも言うように、「撮れるようになった」と告げるのだ。僕はそのときがきたら同じように冗談で返し、この写真を見せてやろう。皮肉屋で捉えどころがなくて、でも誠実で、一生懸命な僕の友人に。

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いつか、あの灰色のむこうで @Wasurenagusa_iro

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