Episode.2 テディベアには程遠い(3)
「ばかだろ、君」
吐き捨てるようにして浩が言った。「盛大に噛み痕つけやがって」
渾身の頭突きにより我に返ったイリヤは、女王様のごとく足を組み椅子に腰かける浩の足元で見事な土下座を披露している。
「スミマセン、コノトオリデス」
「日本語からっきしだめなお前がその言葉だけ覚えてくるだなんて。練習したのかい? へえ……」
頭を上げようとしたイリヤだったが、すぐに浩の足がその頭を押さえつけるようにして踏みつけた。
「図が高いよ」
冷め切った言葉を吐き捨てる。「それにしても、食人俗の気があったとは……事前に聞いておくんだったな」
「それはちょっと違、」
「勝手に喋るな」
さらに強めに踏みつけ、しれっと自分はテーブルに出しっぱなしにしていた茶菓子を口に運ぶ浩である。
「……言い訳は用意できているの?」
「ハイ」
「聞いてあげる」
そこでようやく足をどけられ、のろのろとイリヤは頭を上げた。
「君にこういう話をするのもどうかと思うけれど、俺ね、そもそも擬似死体性愛者だからね。スプラッタ映画はいい感じのポルノ画像に見えるのね」
「それで?」
しどろもどろになりつつ「そのー、」と言葉を濁すイリヤに、浩は続けるよう促す。
「……、興奮して我を忘れました」
「盛大に尺を使ってまで言うことじゃなかったね」
どぎつい浩の発言に、イリヤはしおれて見せた。どうやら本気で悪いことをしたと思ってはいるらしい。その姿がまるでいたずらをして叱られている大型犬か何かのように見えて、浩は内心噴き出してしまった。
ちょっとかわいいと思ったので、この時点で許そうと思ってしまった浩である。
しかし、許すきっかけくらいは作ってやらないといけない。さてどうしたものか、と考えていると、イリヤが、
「ところで」
と口を挟んできた。
「なに」
「こんなときに言うことじゃないと思うけど」
「なら言うな」
「言うよ。なんで下履いてないの」
浩は「そこかよ」と思い、許そうとした気持ちが一転、しばらく口をきかなくてもいいかという結論に至った。
すべてこの男が悪い。タイミングとか、行為とか、諸々含めて。すべてこの男が悪いのだ。
無性に腹が立ったので、浩は無言でイリヤの頭を再度踏みつけた。
アクアリウム 愛の逸脱短編集 依田一馬 @night_flight
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