♪エンディング・・・ある真夏の月

 晩御飯は巣鴨の染井霊園の端にある三田家のマンションにお呼ばれした。


「みつきちゃん、久しぶりだねー。もう大学生だからビール飲むでしょ?」

「すみません悠子ゆうこさん。一応まだ未成年なので」

「そっかー。じゃあ今日もノンアルだね。おい、太郎!」

「だから名前で呼ぶなって」

「太郎に太郎と言って何が悪い! 屋上行くから準備して!」

「ええ? 姉さん、暑いよ?」

「団扇も準備する!」


 太郎・・・つまり三田くんのお姉さんである悠子さんの号令で食後にわたしたちは三田くんのマンションの屋上に登った。7階建なので昼間のサンシャインとは比べようもないけれども、それでも満月にほぼ近い月が美しく煌いていた。


「みつきちゃん。いじめ撲滅の研究、順調に進んでる?」

「はい。滝田先生も今は教授になられたのでわたしの研究の幅も広がりました」

「そっかー。太郎もみつきちゃんと同じ大学行けばよかったのに」

「建築学科がないんだよ」

「ふう・・・まさか太郎が建築なんてねえ」

「悠子さん、三田くんは建築に向いてると思いますよ」

「ふうん。あれかな、みつきちゃん。人間相手じゃないから?」

「ち、違いますよ! 文字通り三田くんは『建設的』な人だからです」


 わたしがそういうとしばらく静寂があった。


「ぷ、ぷはははっ! このネガティブ男が『建設的』? みつきちゃんいくらなんでもそれは」

「長坂さん。自分を卑下する趣味はないけど言うに事欠いて俺のことを『建設的』はないよ」


 こういう他愛のないやりとりが、ほんとうに大切に思える。


「みつきちゃん、今日は泊まってく?」

「いえ、帰ります。母がひとりで家にいるので」

「送ってくよ」


 真夏のぬるい夜風の中を、三田くんと並んで歩いた。

 染井霊園の細い道を通って巣鴨駅の方へ。


「お母さんの具合はどう?」

「あまりよくない」


 わたしの母親はうつ病がかなり深刻になってパートにも行けなくなっていた。家事も完全にできなくなって今は一日中部屋の中で体育すわりをしている。


「ねえ、三田くん」

「うん」

「ノネちゃん、先に行っちゃった」

「・・・」

「ノネちゃんがインターナショナルスクールに通えるようになって人生の展望が拓けてきたら、わたしも何か変わるんじゃないかって思ってたのに」


 わたしは泣きながら歩き続けた。

 三田くんは歩きながらのままでわたしの背中をさすってくれる。


 わたしは両手のひらで顔を覆って、泣きながらぼやける月の下をずっと歩いた。


「三田くん、ありがとう。もう大丈夫」

「うん」


 わたしのマンションの前で三田くんは手を振ろうとした。

 けれどもわたしは引き止めた。


「三田くん」

「うん」

「泣いてるの?」

「いや。泣いてはいない。いやでも・・・これって泣いてるのかな?」

「ふ。自分で分からないの?」

「うん。泣くっていう概念を覚えてない」

「泣いてるよ、三田くん」

「そっか。じゃあ」

「待って!」

「うん」

「甘えていい?」

「なに」

「毎日会いたい」


 三田くんは少しだけ間を置いた。

 そして答えてくれた。


「毎日は無理だ。でも、週末には必ず逢おう」

「ほんと!?」

「うん」

「嬉しい。でも、大丈夫? 大学の課題とかは?」

「一緒にやろう。池袋の・・・」

「オープンカフェで!」


 ノネちゃんにインターナショナルスクール受験の勉強を教えてあげた場所。


 月の光に照らし出される三田くんの痩せた後ろ姿を見送りながらわたしは脳裏で再生していた。


 また3人で聴こう。


 Core of Soul の Flying People を。




THE END

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ノネ naka-motoo @naka-motoo

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