♪2 ある夏の午後
原宿の小さなお寺にある園田家代々の墓にノネちゃん、本名
彼女の名前のとおり、紫の花をベースに生花屋さんに束ねてもらってあった。
真昼の一番暑い時間に墓参を終えたわたしと三田くんはふたりともグレーがかったクリーム色のポロシャツで山手線のクーラーで汗をひかせていた。
「どこ行こうか」
「乗ってから言う?」
「だって・・・」
「いいよ。長坂さん、もう決まってるんでしょ?」
「うん。池袋」
わたしと三田くんがデートする場所はほぼ池袋のサンシャイン周辺と決まっている。
ノネちゃんがインターナショナルスクールへの進学に希望を持ち始めていた頃に3人でナンジャタウンで遊んだ。
それから、オープン・カフェで彼女が愛聴するCore of Soulの「Flying People」を聴かせてもらった。
わたしと三田くんは、サンシャインに昇る。
「まさか俺たちだけとは」
「空白の時間帯だね」
高速エレベーターにはわたしと三田くんだけだった。
星空のライティングで四方を囲まれたエレベーターで最上階に降り立つと、やっぱり真夏の午後であるという現実にすぐに戻された。
エレベーターと同じように展望フロアに人は少なく、熱を持った窓ガラスに体を近づけて街を見下ろすわたしたち。
どうしてだろう。
いつもここから街を見ると涙が滲むんだ。
「長坂さん」
「ん・・・うん、大丈夫。平気」
「寂しかった?」
「え?」
「俺と会えなくて」
「ははっ」
「正確に言うと、ノネちゃんがいなくなった寂しさを慰めてくれる奴と会えなくて」
「ちょ・・・そんなこと・・・」
「少しはあるでしょ? そんなこと」
「うん・・・」
人気のない柱の陰で、わたしは伸びた髪を三田くんの胸に、ぽふっ、と預けた。
「寂しかった・・・ふたりともに会えなくて、寂しかった・・・」
「ノネちゃんのこと・・・」
「うん。好きだったよ。男の子では三田くんが好き。女の子ではノネちゃんが好き。だってあんなに綺麗な子って、いないよ? 腕が無いあの整ったバランスは他の誰にもできないよ?」
「うん」
「花のような子だった」
わたしはノネちゃんを妹と思うわけでもいじめを根絶するための同志と思うわけでもなく、ひとりの女性として愛していた。それは恋愛の愛ではなく、彼女を一個の人格として、永遠にわたしの傍に一輪挿しとしてあり続けて欲しい、そういう人間だった。
居なくなるのが、彼女である必要があったのだろうか。
「三田くん、ぎゅっ、てして」
「今までしたことないよ」
「だから。お願い、ぎゅうっ、てして」
三田くんはわたしの願いを聞いてくれた。
背が高くて長い彼の腕をわたしの腰あたりに回して力を込めてくれた。
ずっと帰宅部で今も建築学科で製図用の道具より重いものを持たない彼の、けれどもその腕力はわたしの腰を絞るような力だった。
腰を引き寄せられると胸も三田くんにぴったりと寄り添い、額だけは自分の力で三田くんの胸に思い切りくっつけた。
ふたりの、汗のにおいがした。
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