ノネ
naka-motoo
♪1 ある夏の午前
恋しい人との別れを失恋と言うのならばその別れはそうだった。
きのう、ノネちゃんが死んだ。
わたしと三田くんは渋谷のセレモニーホールの彼女のお通夜に行った。
日時と場所はノネちゃんのお父さんがわたしのブログを通じて知らせてくれた。
祭壇の笑顔の写真。
心では嗚咽していたはずなのに。
それから3年、経ってしまった。
「長坂さん」
「三田くん」
わたしと三田くんは神保町の東京堂書店で待ち合わせた。やっぱり真夏のセミが鳴く開店朝一番の時間。
今は1階にカフェがあり先に来ていたわたしのテーブルに三田くんが座った。前髪を少しだけ伸ばした彼の顔が、三年前と比較してそれほど変化がないのはその時既に大人だったからだろう。
「元気だった?」
「うん」
「半年・・・ぶりかな?」
「ううん。最後に会ったのがクリスマスのサンシャインだったから7ヶ月ぶりだよ」
高校の時、ノネちゃんが居なくなる少し前のタイミングでわたしたちは付き合いだした。お互い別々の大学に入ってからは毎日会うわけにもいかず、けれども恋人同士なのにこういう頻度でしか会わないことの責任の大半は三田くんの方にあるだろう。
「髪、伸びたね」
「それわたしが三田くんに言おうと思ったこと。それに女子に対してそれを言うなら伸ばしたねだよ。伸びたなんて言うもんじゃないよ」
「ごめん」
「花、買ってきたよ」
「今朝?」
「ううん、夕べ。近所の花屋さんで買って、一晩氷水に浸しておいたの」
「繊細だね。文学的だよ、長坂さん」
「ねえ三田くん」
「うん」
「アルジョ、って一回呼んでみて」
「アルジョさん」
「ミタくん」
ぷっ、とわたしと三田くんはほほえんだ。
3年前、小学6年、12歳の女の子だったノネちゃん。
高校1年生だったミタくん。
同じく高校1年生だったわたし・アルジョ。
ノネ、ミタ、アルジョ、はわたしが書いていた、『ある女子高生のブログ』を通じたそれぞれのハンドルネームだ。いじめを撲滅するというわたしのライフワークの活動場所であったそのブログにコメントしてきたノネちゃんとミタくんとわたしは意気投合し、私大で倫理学を教えている准教授の研究室へ押しかけて、いじめ撲滅の論文を3人で渡したこともあった。
ノネちゃんには左腕が無かった。
小学校でいじめに耐え切れず、夏休み最後の日に電車に飛び込んだのだ。
一命は取り止め、顔にもなんとか傷がつかずに済んだけれども、左腕と右手の指を一部失った。
そして、わたしたちと出会ってから、その時の内臓の損傷が原因で、亡くなった。
同じようにいじめに遭って標高3,000mの連峰から飛び降りて生き延びたわたしにとって、彼女はもうひとりの恋人だったと思う。
「長坂さん、行こうか」
「うん」
わたしと三田くんは彼女の墓参に行くのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます