第14話 もういちど Yukikoさんのお話

タイトル『もういちど』

主人公『私』

キーワード『雪』『彩』『人』


暗闇がある。


暗闇があったと、今、気がついた。


私の頭の上に何かが積み重なっていく。その、かすかな感覚が私の目を開かせ、私に暗闇を見せた。


その重みは、少しずつ、少しずつ増していく。


どれぐらいここにいるのだろう、もう忘れてしまった。


かつて、私は、何もかもを捨て、ここに居続ける事にした。それは覚えている。

何もかも捨ててしまったので、それより前の記憶はどんどんと消えていった。


この世に生まれ出た、全てのものが尊い存在だと、それだけを持って生まれてきた。


それだけでよかったはずなのに、私はたくさんのものを与えられ過ぎた。

たくさんの物を手に入れて、もっと欲しくなり、また手に入れた。


しかし、手に入れた喜びは一時のもので、またすぐに欲しくなり、逆に手に入らなければ、歯ぎしりして苦しんだ。


そうして過ごすうちに、生きるって何だろう、そんな疑問にとりつかれてしまった。

生きること自体が辛く感じるようになった。


だから私は全ての物を捨ててみた。全てを捨てて、私は今もここにいる。


何もない世界は平穏だった。このまま時が過ぎ、朽ちて行けばいいのだと、そう考え至るようになった。


それから、途方もない時間が過ぎ去ったある時、ついに、私の頭めがけて何かが降り立った。

音も無く、静かに。

少しずつだが確実に重みを増していった。


やがて、私の首は、その積み重なった物の重さに耐えかねるようになり、苦しくなってきた。

苦しむために、ここにいたのだろうか、いや、違う。

苦しさは何も生まないと知って、苦しみの元になるものを全て捨てたはずだ。


もう限界だと思った時、頭に積もったそれは自然と崩れ落ち、首が軽くなった。


すると、今度は寂しくなった。

苦しんでいたはずの私は、いつしか、それの重みを楽しんでいたのだ。

何もない世界で、たったひとつ、私に刺激を与えるそれが去ってしまうと、その空白に何かを埋めたくなる。


しかし、心配することはなかった。

冷たいそれは、変わることなく、頭の上に降り積もって来た。


そして、少しずつ重くなり、その重さに耐えきれなくなった頃に、また、崩れ去っていく。

何もなければ寂しいが、多すぎれば辛くなり、楽しいと感じるのは、ほどほどの時だと知った。


それを幾度か繰り返すうち、私は、それが何か知りたくなった。

目の開け方はどうやら憶えていた。長く閉ざしていた瞼を開いたが、しかし、真っ暗で何も見えない。


私は落胆したが、何もないはずの世界にも、暗闇があり続けたのだとやっとわかった。


そして、その暗闇の中にも、見えない何かがある。


何かはわからない。微かな気配、僅かな重み、降り積もるたくさんの冷たい何か。


見てみたいという気持ちが強くなった時、左の眼に光が差した。


まぶしい。脳の奥まで刺激が突き刺さる。


眩しい光はどんどんと強くなり、真っ暗だった世界を照らす。

眩しさに閉じたまぶたを、今度は、ゆっくりと開いてみると、私の目の前には、真っ白な平原がどこまでも続いていた。


そう、やっと思い出した。

私に降り積もっていた冷たいものは雪だった。

しんしんと降り積もる雪が、世界を白く染めている。


太陽が昇るほど、真っ黒だった空に彩りを与える。左の空が赤く染まり、やがて、澄み渡る青い色に変わった。


太陽に世界が描かれていく、そう感じた。


太陽は、私の存在も描き始めた。昇る太陽の光が体中を温める。冷たい雪の平原の真っ只中だというのに、凍っていた血が沸き立つ勢いのまま、手や足や、指の先まで到達すると、その痺れるような感覚が、私に私自身の形を知らせてくれた。


太陽は私を描いた後、圧倒的な光と熱によって、真っ白な世界から雪を消し、その後には緑の草原が広がった。

そして、今度は右の空を赤く染めたかと思うと、光は勢いを失い、また、真っ暗な世界が訪れた。


真っ暗な世界は辛かった。何も見えず、寒く、体中が凍え、胸が痛かった。

一度は温もりに満たされた、自分の身体を抱きしめた。


また、しんしんと雪が降る。

私の頭に降り積もる。


次の朝が来た。

私の心は弾み、目を大きく見開いて、太陽の光を楽しんだ。

辺り一面の雪は、また、太陽に照らされ、温められて、消えていく。

再び現れた緑の平原には、ほのかな彩りが加えられていた。

花が咲いたのだ。


私は立ち上がり、より遠くを見通した。

なんと美しい世界だろう。

私がいた世界は、こんなにも美しかったのだ。


私を描いた太陽は、今度は私の心を描いた。喜び、慈しみ、美を愛でる安らぎ、ありとあらゆる正の感情が込み上げて、はち切れて叫んだ。


言葉にならない、野生の叫びだ。自分の声に鼓膜が震え響いた。


私は固く拳を握りしめていた。そして、私の足は強く大地を踏みしめている。


足の指の間に挟まった土の感触を楽しみ、次は歩いてみたくなった。

歩き出そうと一歩を踏み出した時、ふと、背後が気になった。私は、今までじっと同じ方を向いて、決して見ることがなかった、反対側の世界を振り返った。


そこには、私の家があった。


ひどく懐かしくて、涙がこぼれた。

私は人だったと、思い出した。

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ポルカお礼小説 柳佐 凪 @YanagisaNagi

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