光と旅する彼女

秋月蓮華

光と旅する彼女

【光と旅する彼女】


高校をサボって砂浜にやってきたら、俺の目の前で散骨している人が居た。

サボりたかったのは気まぐれだ。単に明け方までゲームをしていて、単位これぐらいなら削っても平気だ、ノートは写して貰うし何とかなるだろうという

計算に基づいたことである。下手なことになっても、何とかなるだろう、そんな緩さだ。

母親は何日か前に近所の人達と温泉旅行に出かけたし、父親は会社で、父親関連の準備はして、俺は自由にやって、明け方に寝て起きたら昼間だった。

近所に住んでいる友人に風邪と言って置いて欲しいと多機能情報端末で連絡して、今日を満喫していたわけだ。


(……骨、だよな)


私服で家を出て電車に乗ってやってきた砂浜には人が居なかった。天気は晴れでもうちょっと季節が進んだら、海辺が家族連れとか、

カップルで賑わうかも知れないとか、考えつつ俺は海を座って眺めていたのだけれども、旅行鞄を一つ持って、砂浜ぎりぎりまでやってきた彼女を見つけた。

二十代ぐらい、セミロングをした彼女は鞄から硝子の瓶を取り出して海をずっと眺めていて、俺はそんな彼女を眺めていたのだが、

やがて彼女は瓶の中身を巻いたのだ。

白色の粉達が海辺に吸い込まれるようにして落ちていった。

調味料の類いや薬の類いじゃないとは何となく分かる。彼女は海もそうだが、硝子の瓶も眺めていたからだ。

俺は立ち上がるとそっと彼女に近づいた。


「あの……」


「はい?」


話しかけたら、彼女は振り向いた。寂しそうな顔をしていたけれど、俺に話しかけられて、吃驚していた。当然だろう、よく分からない男に話しかけられてるし、


「さっき撒いたの。骨……? 散骨……?」


「……まあ……」


ゆっくりとのようでいて、矢継ぎ早に俺は聴いてしまった。あやふやに言われたのだけれども、そうなのだろう。言葉を考える。


「やってる人、たまにいるんで」


「居るんですね」


「撒きやすいのか。居ます」


かなり前に散骨をして警察沙汰になった人が居た。噂の出所は高校だ。クラスメイト達が話していたのを聞いたのだ。散骨で遺骨を撒いたら、危ない薬とかと

勘違いされて警察を呼ばれたとか、噂だが。噂であったが他にもいくつか聞いたから、散骨をしに来た人は居るのだろうし、実際に、俺の目の前に居た。


「私みたいな人、……他にも……」


「散骨の旅に……ここにしに来たんですか」


「……私の大事な人が、死んで」


センチメンタルジャーニー中だったらしい。彼女は空っぽになった瓶を手に握っていた。


「これから、何を……他にも散骨とか……」


「骨は……」


何を聴いているのだろうかとなってしまうが、聴いてしまう。彼女が目を伏せた。他にも散骨とあるが、小瓶は掌に収まる程度であり、人一人の骨では無かった。

俺は彼女に提案する。


「ぴったりの……? ぴったり? って言うのも何だけど……散骨場、ありますよ」




電車に乗って、俺は自宅近くまで戻ったが、自宅には帰らなかった。彼女も、一緒だった。

今日は一日休むと決めたのだから、一日をどう好きに使っても良い。俺の嘗てなのだ。


「私にとってあの子は、大事な人で、まさか、死ぬとは想わなかった」


まさか、と彼女は着ける。ぴったりの散骨場については彼女にあらかじめ説明しておいたのだが、話を聞いた彼女はそこに行きたいと言いだした。

俺が案内をしたのは気まぐれというか、初対面の謎の怪しい高校生の話を聞いてくれたってのが、説明はしたけどな、案内しつつもだけど、俺のことは。

この町に住む高校生で気まぐれに学校を休んだと話したら、私も休んだことがあると話してくれた。


「死因は」


「……コンサートに行くんだって、帰ったら話すねと言って、それっきり。帰り道に運転をミスした男の車が追突して、即死」


突然の別れすぎるだろう。となる。

人間、何時死ぬか分からないってのはあるし、まさか今日話していた人が……ってのは珍しくは無いかも知れないが、まさか大切な人が、とその事実に

その人は直面したのだ。


「大変でしたね」


下手な言葉しか言えない俺に彼女は微笑んだ。


「私も、落ち着いてきたから、あの人が何気なく話していたことを実行しようとして、しているの」


「ここです」


何気なく話していたことは、他愛も無い会話だったのだろう。コンビニに行って肉まんでも食べたいなぐらいの話だ。

俺は彼女を目的地まで案内した。


「桜の木」


あったのは一本の桜の木である。丘の上にある桜の木だ。この辺り、余り人は来ない。この場所の王だというように鎮座している桜の木は

一つのいわれがあった。


「隠れ樹木葬スポットです」


「……隠れ樹木葬」


「文芸部の先輩があそこが、って話していた場所なんで」


中学時代の霊感が強すぎる文芸部部長兼生徒会書記が話していたのだ。中学時代、適当に文芸部にいた。桜の木の下には死体が埋まっている! な

梶井基次郎が考えたフレーズに惹かれてか、桜が威圧感があるのか、様々な人達がここに樹木葬をしていると。

園芸用のスコップが樹の側にあった。誰かが置いていったものだ。

彼女はスコップを手に取ると木の根元を掘り出した。

俺は見張っていた。

彼女はもう一つの瓶を取り出すと、掘った穴の中に中身を入れて、土をかけた。


「ありがとう」


「俺、行くんで」


「……一区切り、着いたかな。あの子が居なくなってから、私は闇の中に居るみたいになっていたから」


「それなら、良かった」


俺は彼女と別れた。自宅に帰ろうとすると、すすり泣く声が聞こえた。

離れて正解だった。あの桜の木は、誰かの闇をまた吸い込んだ。あの人がどんな人かなんて詳しくは聞かなかった。

それで良い。

あの子が光をくれたけれど、居なくなったから、彼女は闇の中で、闇は暗くて、でも、優しければ良いと。


(でも)


家の前について、想ったこと。

元文芸部部長並の霊感なんて持っていないのだけれども、彼女が穴を埋めていたときに、


(誰か居たような)


淡い影のような光という矛盾した何かが彼女の背後に浮いていて、彼女を光に導いて、闇に落としたあの人だったかも知れないけれど、


(辞めておこう。これ以上は)


俺は考えないことに、した。



【Fin】

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