ジェイ

 コムロミーがさっそく移動のための便を手配したので、バードックは翌日便のシャトルで、惑星の衛星軌道上をめぐる軍艦へ「昇る」ことになった。


 シャトルまで、バードックは医療用カプセルに入れられた状態で移動した。

 伍長と愉快なポーカー仲間たちの手を借りて、さんざん苦労して「皮」――生体皮殻を着込んだものの、「皮」が機械体になじみ、人工神経がうまく接続するまで二十時間はかかる。接続が完了するまで、なるべく体を動かさない方がいい。


 バードックは、腹の上にトムを乗せて、カプセルの中で横たわっていた。


 カプセルの顔の部分が透明になっているので外の様子が見て取れる。移動基地を撤収するため忙しく立ち働く兵士たちと、その様子を見物に来た町人たちが入り交じり、辺りはごった返している。


 立ちのぼる砂煙の向こうに、少女が立っていた。明らかに誰かを探している様子で、きょろきょろと頭を巡らせている。


 ――ジェイだ。

 長かった黒髪をばっさり切ってしまっているが、それでもすぐに見分けられた。


 アデリンを逮捕したあの朝以来、バードックは結局、ジェイと一度も話をする機会がなかった。


 ジェイは一人ではなかった。傍らにミモザ・ルーベンスの姿もあった。ワイズ町の責任者であるこの女性は、乾いた唇を固く引き結び、憤っているような、あるいは嗚咽をこらえているような険しい表情で、埃だらけの世界を睨み据えていた。


 二人はしっかり手を握り合っていた。


 ジェイの子供っぽいワンピースの胸には、幼い体には不釣り合いなほど大きく見える、真紅の薔薇の造花が咲き誇っていた。




 ――ジェイはおそらく、バードックに言いたいことが山ほどあるだろう。

 バードックにも、ジェイに話してやりたいことがあった。

 二人の対話は、互いの生き方を変えるほどの重みを持ったかもしれないし、あるいはただ平原を吹き渡る風のように、記憶にも残らずに流れ去ったかもしれない。


 けれども、いずれにしても、彼らが顔を合わせる機会は二度とないだろう。

 薔薇教の中で生きることを決めたジェイと、保安官殺しの下手人を追うバードック。そんなちっぽけな二個体の軌道が再び交わる可能性は、この果てしなく広大な宇宙では、限りなく低い。





 彼らのはるか頭上には、眼球に染みわたるほどまばゆい光に満ちて、雲ひとつない蒼穹が広がっていた。【完】





―――――To be continued to the next episode

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USELESS ~喋る猫と不殺の保安官~ 九条 寓碩 @guseki_kujo

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