虫歯

@yumifuji

第1話

目覚めたらまばゆい光の中だった。

いや、違う。光が直接目に当たっていた。


「終わりましたよ。」


マスクをした男が優しく話しかけてきた。

そうか、と歯医者で治療中だったことをふと思い出す。

起き上がり男に礼を言うと、会計をすませた。じんわりと痛みを感じる奥歯を舌でなぞりながらとぼとぼと歩き出す。


久々に平日の昼間に自由な時間が出来たというのに歯医者に行く以外にやることが他にないなんて、と心で思い少し惨めな気持ちになった。


青空が広がり天気もいい。しかし、特に周りには歩いてる人も見当たらない。

そんな時、静かな安らぎを冷たい風が吹き飛ばす。

思わず、はぁ。とため息をつくと息は白く宙をまう。と、同時に痛みを思い出した。

いつの間にこんなに寒くなったのだろう。


誰か誘ってみようか。

そんな風に思うことは多々あるのだがあれこれと考え始めてしまい、いつもなかなか行動に移せない。スマートフォンをするすると操作するが、きっと皆忙しいだろうと思い直しポケットに突っ込む。

今日も例に漏れることなくということか、、、。


何もしない。というのもありだな。

そう思い始め、ゆっくりと家の方向へと進んでいた足をふと止める。

そして踵を返し、来た方へと足早に戻った。

先ほどまでいた歯医者にもう一度入り、二言三言会話をし、ほくほくとした気持ちで外へ出る。



歯科医の男とは中学時代の同級生だった。

久しぶりに顔を見て嬉しくなったが覚えなかったらどうしようなどと考え、いつ声をかけるか悩んでいたのだ。そのうちに眠ってしまい何も言わずに出てきてしまうなんて、、

よほどぼーっとしていたとしか言いようがない。

勢いで戻り、思い切って声をかけると男も同じ事を考えていたようで診療が終わった後に会うことになった。


ため息の代わりに急にあくびがでる。

一度帰って眠ろう。そしたら診療が終わる頃に迎えに戻ってこよう。思い出話に花を咲かせようじゃないか。

こんな休みも悪くない。


柄にもなくなんだかうきうきしてきた。

先ほどまでとは打って変わり、足取りは軽い。


歯の痛みも忘れかけていた午後1時。





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