第6話

 ――でも、そんな幸せも、そう長くも続かなかった。


「洸ッ!」


 …ねえ、神様。どうしていつも突然なんですか。

 彼と付き合ったのも、この子が出来たのも…彼の死すらも、全部。

 …六ヶ月を迎えた頃だった。健康診断のその帰りに、彼が交通事故に遭ったと連絡が入ったのは。


「紅穂ちゃん…」

「…う……っ、ううっ、洸……」


 洸のお母さんが背中をさすってくれるけど…それでも、目の前の彼がピクリとも動かない現実は変わらなくて。

 止まらない涙と嗚咽が、頭の中をごちゃごちゃと掻き乱して行く。


 ねえ、嘘って言ってよ。何事も無かったように起きて、不細工だなって笑ってよ。

 …置いて、行かないでよ。





「…桜瀬、紅穂さんですね。柏浦洸さんとの関係は?」

「…はい。彼の、恋人です」

 落ち着いて来た頃に、警察の方が事故の詳細を説明してくれた。

即死だったらしい。道路に飛び出した子供を庇って、そして…。


「轢き跳ねられた衝撃でアスファルトに叩きつけられ、打ち所が…」

「やめて!」


 それ以上、言わないで。彼を死んだ事にしないで。

「しかし…」

「…ごめんなさい、帰ります」

 警察の止める声も聞かず、私はふらふらと部屋を出て行った。





 よろめくように署を出ると、むわりとした九月の空気が冷えた身体に纏わり付いた。目の前を横切って行く季節外れのカゲロウを横目に、やけに澄んだ夏空をぼんやりと見上げる。

「カゲロウ、か…」

 生物学に長けていた洸は、子供を身籠ってからもよくカゲロウの話をしてくれた。成虫の期間が短い事、幼虫の間は水の中で過ごす事…そして、子供を産むと死んでしまう事。



「…ッ!」

 不意にお腹が蠢いて、内側から蹴るような感覚が伝わってくる。

 この世を去った洸が、私を繋いで確かに残していった存在の証明。


 …愛しくて哀れな我が子には、私しか縋れる存在がいない。



「…」

 すっかり大きくなったお腹を撫でて、私はほうと息を吐いた。






 …一体いつまで、私は君に囚われて行くんだろう。


 その時が来るまで、きっと私達は…。

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Sway 槻坂凪桜 @CalmCherry

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