第6話

『零音へ


 零音は今、どんな思いでこの手紙を読んでいるんだろうな。魁斗がこの手紙を渡したって事は、俺はもうこの世にいないんだろ?ずっと一緒にバスケしようって約束したのに、守れなくてごめんな。


 実は俺、不治の病持ちだったんだ。平均死亡年齢は二十数歳だけど、容態が悪化すればいつ死んでもおかしくないような病気だった。今までに何回も発作起こしてたし、何回も死にかけた。「何で俺だけ」って思ったのだって、両手じゃ数え切れないかもしれねえ。血の繋がってない、病気とは無縁な零音を羨んだ事だってある。…馬鹿だよな。どうせ長く生きれねえ癖に、健康な、しかも何の罪も無い零音を恨んだりして。


「血が繋がってない」ってだけで、零音には辛い思いさせたよな。学校で色々言われてたって悠也に聞いた。母さんからも嫌がらせを受けてたって父さんに聞いた。 

…なあ、零音。「血が繋がってない」って、そんなに可哀想な事なのかな。確かに親が違うんだから居づらいかもしれねえ。けどな、少なくとも俺は、零音と一緒にいられて、零音と一緒にバスケして、零音の兄でいられて本当に幸せだった。…零音の事を恨んだりしておいて都合が良すぎるかもしれねえけど、零音と過ごした時間全て、俺の人生で一番の宝物だったんだ。



 まだまだ書き足りねえけど、もうキリが無くなりそうだからこの辺で終わりかな。



 大好きだよ、零音。


 ずっと一緒にいてやれねえけど、幸せに生きろよ。


                                  響樹』



「お兄ちゃん…」


 気がつけば、私は泣いていた。滲む視界に月影が反射して、揺れる桜花をぼんやりと映し出す。

 …兄は、私を責めてなんていなかった。迷惑だなんて思っていなかった。そんな兄の優しさに溺れていたのは私だけで、いつまでも過去に囚われていたのも私だけで。

「…響樹は、御厨ちゃんの事を恨んでたりなんてしないよ。響樹とは海皇にいた間だけ一緒だったけど、いつも僕に『自慢の妹』の話をしてたくらいだから」

 涙でぼやける世界の中で、夜桜先輩はほうと息を吐く。まだ止まらない涙を拭えば、風に黒髪を遊ばせた彼は「それにね」と柔らかく微笑んだ。

「…響樹が事故に巻き込まれてから、僕の家族は東京から宮城に移り住んだんだ。桜楼で御厨ちゃんに出会ったのは偶然だったんだけどね…。…驚いたよ。響樹から何回も話を聞いてた妹と、こんな所で会うなんて…って。…響樹は、こんな事まで見越してたのかな。流石、僕が知る中で最高のPFだよ」

 やっぱり敵わないや、と笑う夜桜先輩の目に、微かに涙が浮かんでいたのは気のせいじゃなくて。きっと、その目が捉えているのは、私の手の中…手紙に同封されていた、もう一枚の紙。


 …そう。まだ幼かった頃に撮った、桜の木の下での兄妹の写真。




「…有難うございました。夜桜先輩も、お幸せに」

「何だ、バレてたか。…有難う、彼女にも伝えとくね」


 左の薬指に銀の光をまとって、夜桜先輩はくしゃりと笑う。




 満開の枝から桜が一片零れ、私の周りを刹那に舞った。

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Kaleido 槻坂凪桜 @CalmCherry

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