第5話
「…随分と昔の事を掘り返すんですね、夜桜先輩」
「別にそんなつもりじゃないんだけどなあ…。あれから海皇でも色々あったんだよ。いくら選手層が厚いっても、当時の海皇は響樹が圧倒的に強かったからね」
「それでも…夜桜先輩だって、なかなかの実力者だったはずですよね。…いつだか、兄から聞いた事があります。今まで忘れていましたけど…御厨響樹の相棒を務めていた凄腕PGって、夜桜先輩の事ですよね」
「…知ってたんだ。別に凄腕って程でもないけどね、確かに響樹と組んだ時は試合で負けた事が無いよ。…そういえばさ、当時のコーチから聞いたんだけど…丁度、今日みたいな春の月夜だったんだよね」
「事故の数日後、入院してた響樹が息を引き取ったのって」
「…ッ」
不意に一陣の風が吹いて、咲き誇る花びらを蒼い月影に舞い上げた。月を背負った花吹雪の中で、夜桜先輩は思い出したように苦々しく笑ったけど…不意にその滑らかな瞳を「ねえ」とこちらへ向ける。
「…御厨ちゃんは?突然響樹が事故に遭って、何を思ったの?」
「…!?」
「響樹は、技術的にも精神的にもチームの要だった。そんな彼がいなくなって、海皇は途端に不完全になったし、その年の全中だってかなり苦戦した。…少なくとも、僕達にとって必要不可欠な存在だった。だから…」
「やめて下さい!」
…ああ、どうしてなんだろう。何で、こんなに心が痛いんだろう。兄の死なんてもう何度も乗り越えてきたはずなのに…今でも私の記憶を蝕むのは、夜桜に臨む真っ白な病室で。
「そんな事くらい分かってます!私だって…もっと兄と一緒にいたかったんです!あの時私がストバスに誘わなければ、兄は私を庇わずに済んだ!兄が死ぬ事なんて無かった!…全部、私のせいなんです。血の繋がっていない妹がいるせいで肩身の狭い思いをさせて、その妹のせいで命を落とす事になって。だから…この時期に夜桜を見ると、嫌でも思い出すんです。…私のせいで、私を庇って死んだ兄を」
目を閉じれば、瞼の裏に鮮明に蘇る。
いつも屈託無く笑っていた元気な姿と、春夜の病室で最期を迎えた儚い姿を。
「…御厨ちゃん、自分の事責めてるんだね」
「…当たり前じゃないですか」
「…やっぱり、似てるね。響樹も、いつも試合の後は自分を責めてたんだよ。あの時DFが抜かれたのは技術の不足だったとか、シュートを外したのは沈み込みが甘かったからとか。…だから、なのかな。響樹ね…事故の数日前に、僕にこれを預けて行ったんだ。…安心して、僕は見てないよ。もしもの時は御厨ちゃんに渡してって、響樹に頼まれてたからね」
はい、と差し出されたのは、『零音へ』と宛名の書かれた白い封筒。ご丁寧にも記された差出人の名前は、紛れも無い兄の名前で。
「…ッ!?」
嫌な予感にも似た何かを感じて封を切ると、そこに内封されていたのは二枚の紙面。そして…その一つには、懐かしい筆跡が紙いっぱいに綴られていた。
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