ドキッ! チクリ魔だらけの相互監視街

ちびまるフォイ

見られているからチクられて

(あ! 今ポイ捨てした!!)


たまたま眼の前を歩いていた人が空き缶をその場に捨てた。

すぐさま背中のゼッケンにかかれている番号をメモして

「蝕陰湿(しょくいんしつ)」へと向かう。


「"先生"! 報告があります」


「はい。どんな情報でしょうか」


「さっきNo.16が植木のところで空き缶をポイ捨てしていました」


「証拠は?」

「動画があります」


「承りました。ではチクり掲示板に掲載します」


先生により掲示板に私の報告が掲載された。

掲示板を見た人たちは報告に対して「チクリpt」を送る。


「では先ほどの報告は10チクリptです。

 今のあなたのチクリptは100。ゴールドメンバーまで後少しですね」


「はい、がんばります」


「あ、それと最近ですがこの町でゼッケンを外す人が出ています。

 それを見つけたらすぐに報告していただけますか」


「もちろん!」


この街で過ごすには必ずゼッケンの着用が義務化されている。

ゼッケンには自分の市民番号が記載され、悪いことしていれば名前も知らなくてもこの番号で通報できる。


それをはずせば通報できないとでも思っているのか。許せない。


この街のモットーは「全市民が警察官」。不正は正されなくてはならない。


「あ! ゼッケンしていない!」


蝕陰湿から出た矢先にさっそく無ゼッケンの人を見つけた。

動画撮影ボタンをすぐに押して顔を取ろうとする。


「やべ!」


男は慌てて顔を隠して逃げる。

が、進路に立っていた男に捕まってしまう。


「ち、ちくしょう! 離しやがれ!」


「この街でゼッケンをしないことはルール違反だぞ」

「そうよ。自分だけ許されないとでも?」


「たまたま忘れただけだ! コンビニいくだけだったんだ!」


「コンビニ行くだけなら無免許運転でも許されるとでも?」


捕まえた男性に協力してもらい逃げた男の顔を撮影。

街の認証ソフトで番号を割り出すことに成功した。


「あの、捕まえてくれてありがとうございます」


「いえいえ。俺もこの街を良くしたいと思う市民のひとりだから。

 それより……君に協力してほしいことがあるんだ」


「協力?」


無ゼッケンの男を蝕陰湿の先生に報告した後、男に案内されて大きな倉庫へ向かった。

すでに何人かの市民が集まっていた。


「みんなも知っての通り、この街でチクることでポイントを集めることが出来る。

 ただ最近は自粛ムードが蔓延していて十分に稼ぐことができないだろう」


集まっていた人たちはうんうんと交互にうなづく。


「そこで、個人でのチクりではなく俺たちはグループで行動しよう。

 お互いに見つけたネタをお互いに共有する。

 そして、一番ポイントが低い人が報告者としてチクる。悪くないだろう?」


「それって平等にするってことですか?」


「そうとも。一部の個人がポイントを荒稼ぎするのではなく

 俺たちはみんなで平等に一歩ずつ前に進むんだ!」


協力してほしいとはこのことだったのかと納得した。

メンバーが増えればそれだけ情報網の表面積が広がる。


「私も協力させてください!」


「大歓迎だよ。それじゃ作戦会議といこう」


「……作戦会議?」


「俺たちはグループでチクり報告を行う。

 でも人によってはネタが多かったり少なかったりするだろう。

 それは平等じゃない。だからネタを仕込むのさ」


「ネタを仕込むって……」


「たとえば、街で空き缶を置いておくとしよう。

 それを見逃せば見逃したことをチクれるし、

 逆に片付けようとした時に「それは俺のだ」と主張すれば

 置き引きとしてチクることもできる。これは小さい例だけどね」


「……」


「俺たちはみんな平等だ。だから誰かと差をつけるようなことはしない。

 獲得したチクリptはみんなで分かち合うと約束しよう。

 もしその約束が果たされなければ俺をチクればいい!」


誰もが拍手した。中には泣いている人もいた。

私も笑顔で答えた。


「私もその計画にぜひ協力させてくださいね」




その足で蝕陰湿へと向かい洗いざらい報告した。


「なるほど……組織ぐるみでのヤラセチクリですか。悪質ですね」


「はい。私はちゃんと断りました。まだ誰からもチクられてませんよね」


「ええ、あなたの報告がもっとも早いです」

「それはよかった」


間もなく私のチクリで関係者は掲示板で番号とともに告知された。

このチクリ報告は大きな反響があり掲示板を見た人から多くのチクリptが入った。


もちろん、掲示板を見たグループの人達はすぐにやってきた。


「てめぇ! よくも裏切ったな!! 協力すると言っていたのに!!」


「あのね、そもそも悪いことを企むほうが悪いの。

 不正は正す。私がしたのはそれだけでしょう?」


「あんたが協力すると言って裏切ったことをチクってやる!」


「逆恨みはやめて。そんな報復チクリになんの意味があるの?

 今回で私はゴールド市民。チクられたあなた達はポイントを失って、すでにこの街にもいられないことわかってないでしょ?」


「えっ……」


「チクられた人間はptが減らされる。ポイントを失えば街には居られなくなる」


「み、みんな聞いてくれ! こいつは、こいつは最低のやつだ!

 人を売って自分だけ助かろうとするひどいやつなんだ!!」


必死に声を荒げて主張するが誰も見向きもしなかった。

それどころか手元を操作して街で大声を上げる変人としてチクられた。

「ああ、これでまた街が静かになった。いいことはしなくちゃね」


私はそれからも悪いことはせずにチクり続けた。

相手が子供でも、悪いことは正さなくちゃいけない。


気がつくともう誰も市民はいなかった。


「もう私しか市民はいないのか。

 本当に人間って悪いことをしなくちゃ生きていけないのかしら」


チクリ掲示板を見る人も私だけになってしまった。

ライフサイクルと化していたチクりも対象がいなければ始まらない。


「いや待って。まだ人はいるじゃない」


私は蝕陰湿へと向かった。


「あ、あの人居眠りしてる!!」

「こっちの人はこっそり猫の動画見てる!」

「いけないんだ! 今給湯室で悪口言ってた!!」


蝕陰湿の先生も同じ人間だった。

私は逐一先生の悪さを見つけては報告していった。


チクリptを失った先生たちはどんどん蝕陰湿から追い出される。


「悪いことをするからいけないの!

 どうしてみんなチクられるようなことをするの!?」


チクられた人から逆恨みを買うことはあったが

ここで私が折れたら誰かこの世を正すのか。


どんな小さなこともけして見逃さずにチクりまくった。


「やったぁ! 私がついにプラチナ市民になったわ!!」


ゴールドを超えたプラチナ市民になるほどチクリptを貯めることができた。

掲示板からポイントを得ることはできないので、報告時点で受け取れるポイントだけでグレードを上げきった。


その頃にはもう蝕陰湿に誰もいなくなっていた。


「結局、この街でいい人間は私ひとりしかいなかったのね……」


ゴーストタウンとなった街でつぶやいた。

ガラスに映った自分の顔はひどく意地悪そうな顔をしていた。


その顔を見て気づいてしまった。


「そんな……私、なんてことをしてしまったの……!

 私が小さなことも許せなかったために、

 街のすべての人を追い出してしまった! みんな生活していたのに!」


最後に残った人間は誰よりも心の狭い人間となってしまった。



「私はけして完璧なんかじゃない!

 相手のミスを許せない狭いただの独善者!

 だれか、だれか悪い私をチクって!!」



もう誰もチクることも、まして一人きりの人間を裁く人もいなかった。

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