その3 わたしがポップを書く理由

 わたし――綴野つむぎは、今日も今日とてポップを書く。

 そんな日常の、ある日の夜。

 勤め先である「ぽっぷぽっぷ書店」を後にして自宅に帰り、食事にお風呂を終えたわたしは、パジャマ姿に着替えて髪を乾かし終えると、すぐに寝室へと上がった。

 いつものゆるい三つ編みのポニーテールはほどけ、まっすぐに髪が落ちている。

 高校を卒業してから、わたしはすぐに髪を染めた。

 憧れのアッシュグレイ――小学生のころに毎日見ていた司書さんの髪と同じ色だ。

 司書さんのそれは白髪の混じった黒髪だったのだが、当時のわたしには灰色の見えたのだ。

 それがわたしの目には絶対的なものに見え、大人になったら同じ髪の色にするんだと決意していた。これはさすがにお母さんにも叱られ、店長にも呆れられたが、母親でもある司書さんに関する話をすると満更ではないようだった。

 染めているが、髪質には拘っているし、手入れを怠るつもりもない。

 寝室に戻ったわたしは、部屋いっぱいの本棚と、ところどころに置かれた自作のポップに目をやる。

 正社員になってから、わたしは正式にポップづくりの責任者になった。

 そのためには腕を磨かなければならず、こうして自分の本を自分で薦めているのだ。これが思った以上に効果があり、今では最低一時間はポップを書くようにしている。

 だが、一時間と決めているにもかかわらず、気がつけば一時間どころか日付をまたぎ、それでも尚、わたしはポップづくりに没頭していた。

 そう――自宅でのポップ作りに集中するあまり、わたしは寝不足と戦う日々を送っていたのだった。

 もう眠らなきゃ、だけどポップを書く手が止まらない。

 頭を回転させるために甘い物を、だけど寝る前に食べたらお腹まわりが……。

 そんな葛藤を毎日繰り返しながら、わたしは今日もポップを書く。

 だって、大好きだから。

 仕事だからとか、仕方ないからとか、そんな理由じゃない。

 これを見て、新しい世界に飛び込んでくれる人がいる。

 ポップを目当てに来てくれる人だっている。

 わたしが書くポップがきっかけとなり、それが本を読むことに繋がってくれる。

 本が結んでくれる点と点。

 わたしは、点と点とを結ぶ線になりたい。

 だから、わたし――綴野つむぎは今日もポップを書く。

 本が、たまらなく大好きだから。

 そんなわたしの後ろ姿を、卒業式の日に司書さんがくれた本が、本棚の中からじっと見守ってくれていた。

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綴野つむぎの本好きメモワール 天瀬智 @tomoamase

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