水槽の子どもたち

コオロギ

『コウイチ』

 その夏、ヨウちゃんは二十個もの卵を産んだ。

 卵は親戚各位に振り分けられ、そのうちの三個がうちに来た。

 一個は無精卵と判断されその日の夕飯になり、残る二個は孵化したけれど一人はすぐに死んでしまった。

 もう一人はすくすく育って、今ではわたしのてのひらに収まりきらないほどになった。

 ヨウちゃんは未だに行方不明のままだ。

 あの日、卵を産み切ってぐったりしていたヨウちゃんの姿が、わたしが最後に目撃したヨウちゃんの姿だ。体が伸びきって、うつ伏せで水に浮かんだその姿は、川に浮かんだ水死体のようだった。

 けれどその日の午後にはすっかり元気になって、ご飯も普通に食べていたと叔母さんから聞いて、わたしはほっとしていた。次の日失踪してしまうとは思いもしなかった。

「ねえさん」

「はあい?」

「お腹すいた」

 椅子から立ち上がって、窓際に置かれた金魚鉢の前へ移動する。台座の引き出しから『金魚のエサ』とでかでかとプリントされた袋を取り出すと、水面から顔を出したコウちゃんは露骨に嫌そうに目を細めた。

「またそれなの」

「作るの面倒くさくて」

 コウちゃんの目がさらに糸のように細くなる。

「だいたいさ、なんなの、この入れ物は」

 こつん、とコウちゃんが内側から金魚鉢を叩いた。

「出れないんだけど」

「我慢して。ヨウコさんが来るっていうんだもん」

 コウちゃんが深いため息をついた。

 コウちゃんが動き回るのにはあまりに狭く、加えて縁が放射状に反り返っているので自力で出ることもできない。さらに言えば、設置された岩場もせいぜい腰を掛けられる程度の大きさしかない。

「……ごはん作るから。何が食べたい?」

 途端にぱっちりと目を輝かせたコウちゃんがわたしを見上げた。

 『金魚のエサ』を引き出しに仕舞いながら、これは最悪買い出しにいかなかきゃならないかもなあと、自身の提案を少し後悔した。

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