『アオイ』

「こんにちは」

「はい、こんにちは」

「この辺りに来るのは初めて?」

「ええ。でも、海は二度目なの。わたしの住んでいる近くにも、海があるの。でもそこだと、すぐに見つかっちゃいそうだったから。……こんなところまで来ちゃった」

「ごめんね、迎えに来たの」

「だよねえ」

 アオイさんは朗らかに笑った。

「どうしてここに来ようと思ったの?」

「わたしは卵を産んだもの」

 アオイさんと並んで砂浜に腰を下ろす。時おり、間近に迫った波をアオイさんが追い払うように尾鰭を動かしている。

「ヨウジくんは、わたしたちの中で一番早く卵を産んだよね」

「うん」

「一番たくさん卵を産んだ」

「うん」

「ヨウジくんは海に出てった」

 アオイさんが、人差し指で海の向こうを指した。

「嘘だよ」

「本当。わたし見たもの。話しだってしたもの」

 海に向けられていたアオイさんの手がわたしへ伸び、そうっとしたしぐさでわたしの頬に触れた。

「『おれは卵を産んだから』って、ヨウジくんは言ってた。でも、……わたしには無理かな。こんなところ、泳げる気がしないもの」

 アオイさんの手がすっと下りて、わたしの一対の足を撫ぜる。

「ヨウちゃん、泳いだの?」

「見事だったなあ、すいすいーって。羨ましいなあ」

 アオイさんはくすくすと笑った。

「ねえ。……もし、わたしの卵がアカネさんのところに来たら、あんまり上手に育てないでほしいの」

 わたしは困惑した。

「上手に育てるなんて、不可能じゃない?」

「なら良かった」

 アオイさんがあんまりわたしの足をぺちぺちと叩くので、えい、と片足でアオイさんの尾鰭を小突いておいた。これでおあいこだ。

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