第5話

 ──私が君の居場所になってあげる。


 四ヶ月前、日野 岬は確かにそう言った。

 空っぽだった僕に初めて出来た居場所──コミュニティ。

 それが、一体どういうものだったのか。正直、あえて語るほどの事はない。

 何故なら、それは……もはや僕にとっての日常そのものだったからだ。


「お客さん……そんなところで寝てると、風邪ひくよ」


 ドア前に体育座りで居座る人物に向かって呼びかける。

 例の六股騒動から数カ月が経過し、そろそろ季節も冬入りしようかという今日この頃……相も変わらず、僕は日野 岬の面倒を見ていた。

 だが、そこには一つ、小さな変化があった。

「さ、寒い……」

 恨めしげに、彼女はこちらを見上げる。

 アルコール臭は無い。どうやら素面で待ってくれていたらしい。

 僕は帰りがけにコンビニで購入したコーンスープを投げて寄越した。

「うわっ……あっちち」

「普通に、自分の部屋で待ってれば良いのに」

 僕は、呆れ気味に告げる。

 このホワイトサンクチュアリ・野猿においては、防音などという概念は存在しない。階段を登る音なんて筒抜けである。わざわざ、このクソ寒い中……こんな場所で人を待つ必要性は微塵も無いのだ。

「非合理的じゃない?」

 だが、日野 岬はそんな僕の言葉に頬を膨らませた。

「でも、それじゃ詰まらないじゃん」

「そうかな?」

「そうなんです。私がそうしたいからここで待ってたの。それじゃ不満?」

 彼女の言葉にどこか暖かい物を感じる。

「いえ……その、ありがとう」

「……よろしい」

 そう言うと、日野 岬は満足気に頷いた。

 別に彼女とは特別な関係にある訳ではない。相変わらず、僕らの関係性はただの隣人同士……それだけだ。


「それと……おかえり。尽」


 でも、これが空っぽだった僕に出来た唯一の居場所。

 だから、ここから始めようと思う。

 それは世間からしたら小さな一歩かもしれない。

 だが、その一歩は間違いなく僕にとっては途轍もない大きな一歩だ。

 何故なら──


「ただいま」


 ──きっと、ここから僕の世界は広がっていく筈だから。

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バーン・アウト いさき @isakimaru

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