第11話新しい贄

オビは一人立ちできる年齢になると、すぐに家を出て、西の森の近く、でも入り口からは離れた辺りに住み着いた。その近くには他の家がなかったからだ。


西の森からは薪1本拾うことめできないし、オビが選んだ場所は川からも遠い。生活するには不便な場所にある。


けれどオビにとって最も重要なのは、周りに家がないことだった。


時間が経つにつれて村人の態度も多少は軟化していたが、それでも爪弾き者であることに変わりはない。


これはもう一生続くものと諦めているが、それでも極力人と関わらずにすむようにと、村の外れを選んだ。


本当は村から出ていきたかったが、そうしたところで行くところなどない。


子供の頃は、夏至の日に村へ来た商人についていったり、山を越えて町まで買い物に行った際に、そのまま留まろうとしたこともあった。


けれど余所者を受け入れてくれる場所などない。どこに行っても追い返されるばかりだった。


客である限りは笑顔で接してくれるが、そうでなければ邪魔にされるだけ。


人は皆、生まれた場所から動けない。そこで自分が与えられた物だけを頼りに、生きていくしかないのだ。


家を出ることに対しては特に反対されなかった。むしろ居候なのだから、いつまでも居座られた方が問題だろう。


家長である父の友人はオビに同情的だったが、年上の長男はそうでもなく、常に余所余所しかった。


いずれは彼が家を継ぐことになる。オビはその前に出て行きたかった。


年下の次男と長女は名残惜しそうにしてくれた。歳の離れた長兄よりも、オビになついていたからだろう。


昔、目の前で他人に殴り掛かり、泣かせてしまったこともあったが、夜にはオビの肩を持ってくれて、あいつらが悪い、謝ることないと言ってくれた。


家を出てからも、2人との交流は続いた。オビとしては、自分なんかと関わらない方がいいのではないか、と心配する気持ちと、来てくれて嬉しい気持ちが混ざりあって複雑だ。


神官には夏至の晩に一度だけ会って話をした。それ以来会っていない。


相変わらず森には出掛けているし、奥から聞こえてくる笛の音に耳を澄ませることもある。でも社までは行かない。


夏至の祭りも相変わらず無視している。森の近くに住み着き、人の中にいるより森の中にいる方が落ち着くけれど、それでも胸の中に燻る恨みと、嫉妬は消えることがない。


いつかなくなる日が来るのかも分からない。


村の様子は何年経っても大して変わっていない。これから先も、何百年経っても同じ景色が続いていそうだ。


大水の被害が大きかった場所も、前の暮らしに戻ったようだ。

かつてオビの両親が耕していた畑は、近隣の人で分けてしまったらしい。オビはそれについて、何も言う気はない。


どうせ戻るつもりはないし、何か言えば贄のことを持ち出されるに決まっている。


親戚との付き合いも途絶えたまま。改めて関係を持つ気はない。


贄の儀式も相変わらず続いている。


オビは妹が捧げられた年から、儀式を見に行っていない。誰が選ばれたかの連絡は回ってきたが、村人とほとんど交流を持たないオビにとって、誰が贄になろうが大差ない。


そうして何年か過ぎ、また冬至が巡ってきた。そうして、その年に選ばれた贄は、オビにとっても関係のある家だった。長く世話になった、あの家だったから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

円環 新月 @shinngetu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ