第六話 大天才の軍師

 大天才。


 僕に一番縁がないと言える言葉がケインさんの口から出てきて、困惑する。

 「たまたま町中で見かけて、なんとなく使えそうだったから」と言われたほうがまだしっくりくる。

 天才リオも目を見張っている。


 「大天才って、なにがですか?」

 「あれ? そういえば言ってなかったか。それはな、軍師としての、だ」


 僕が大天才の軍師。なぜ。


 「え、軍師……?」


 思わず疑問が口から漏れた。


 「軍の指揮をする人。主に作戦立案などを総司令官に代わって行う」

 「さすがにそれはわかるよ」


 リオは僕を何だと思っているのだろうか。いくらなんでも、さすがにそれはわかる。


 「でも、ケインさんはなんで僕にそんな才能があるって――」


 言いかけて、止める。

 一つ、思い当たる節があった。


 「……もしかして、あの大会ですか?」

 「そうだ。ちょうどあの時から優秀な人材を集め始めていてね。その時に目をつけたんだ」


 三か月前、僕の好きな戦略ゲームの大会が行われた。

 偶然にも、この省が発足すると同時のタイミングで。


 出場可能なプレイヤーは、大会開催時のランカー百人のみ。七十万人のうちの、わずか〇,〇〇〇一パーセントの上澄み。

 あのゲームの頂点を決める戦いであったと言えるだろう。


 僕はなんと、運よくその大会で優勝していた。

 賞金も何もなかったけど、ただ嬉しかったのを覚えている。


 プレイヤー名は相当売れて、それ以来マッチングした相手が勝手に抜けるなんてこともよく起きるようになった。

 だから、そこから僕の身元を割ったのだろう。国の人間ならできないことじゃない。


 「え、でもゲームと実際とじゃ、全然――」

 「ああ、違うとも。だけど、それは経験を積めばいいだけだ。君には人々をうまく指揮する力がある。そう思ったから、ここに呼んだ」

 「ごめん。私にもわかるように話して」


 リオがつまらなさそうに口を尖らせた。

 ケインさんが事情を知らないリオに解説を始めたが、耳に全く入ってこなかった。


 僕のプレイを見て、大天才と言ってくれた。

 今までやってきたことが、たかがゲームと言えど無駄ではなかった。


 あの時にあのゲームをしていて本当に良かった。

 少し考え方がずれているだろうか。でも、あの時に優勝できていなかったら、今の僕はここにはいない。


 数千年も昔、魔界を統一して、向こうの世界に攻め込んだ皇帝がいた。彼の言った言葉は今も伝わっている。


 『将来を見据えて点と点をつなぐことはできない。できるのは後からつなぐだけ。だから、いつか点がつながることを信じなければならない』。


 あの時ゲームをやっていたという点がなければ、今ここにいるという点はない、ということだ。


 僕がそんなことを考えてぼーっとしていると、リオが僕の方を見た。


 「戦略ゲームの大天才ヤスノリ。天才同士、これからもよろしく」


 正直、リオには嫌われてもしょうがないと思っていた。リオは勉強、僕はゲーム。普通に考えて、まともなのはリオだ。

 それが同列に扱われているんだから、もし僕がリオだったら怒る。


 けど、リオはそんなことは一切言わない。

 大人だなと思いながら、僕は差し出されたリオの手を握った。


 お菓子を食べたほうの手で握られたから、手が汚れた。でも、別にどうでも良かった。


 どうやら、僕もここにいていいらしい。ケインさんの期待に応えられるように努力しようと、心に固く決めた。


 早速、やることがある。


 「ケインさん」

 「ん?」

 「リオから、魔王様が僕たちの仕事をなくしているとは聞きました。でも、このままじゃダメですよね?」


 そう言えばこの省に給料は出ているのだろうか。少し気になったが、失礼な気がして聞くのはやめた。


 「ああ。だけど実際魔王様が出向いたほうが早く終わるし、被害はゼロだ」

 「じゃあ、魔王様がいないときに災害が出現したらどうしますか?」


 魔王様が災害を鎮圧しに向かっているところで、別の場所で災害が起きたら。

 さすがの魔王様と言えど、二つに分裂することはできまい。


 「……悪い考えだな」

 「そうすれば、僕たちの有用性を考えてくれるかもしれませんよね?」


 なぜ僕ごときがこんなことを思いつくのか。

 実は、家に引きこもっていたとき――つまり昨日まで、僕にはゲーム以外にも趣味がもう一つあった。


 ネット小説である。


 これがなかなか面白いもので、数百冊は読み漁ったと思う。

 テレビも見ず、外にも出ずの僕の知識の半分を構成しているのが、そこから得たものである。


 その中の一冊に、ちょうど今と同じ状況をつづったものがあったのだ。なので、そこから丸パクリさせてもらった。


 リオの尊敬のまなざしが痛い。


 「ヤスノリ、私にそういう知恵教えて。代わりに私もいろいろ教えてあげる」

 「また今度ね」


 絶対に教えないことを心に誓った。

 リオは純粋すぎてネット小説なんて読んだことがないのだろう。

 代わりに哲学書なんかを何千と読んでいそうだが。


 「確かに面白い案だが、実行に移すのは厳しい。災害を発生させるなんてできないし、災害が実際に二つ起きたとしたら、魔王様と国軍がそれぞれ始末するだろう」

 「あ、国軍もいるんでしたね……」


 魔王様が出張る前は国軍が災害鎮圧を受け持っていたのだ。鎮圧に時間はかかるかもしれないが、それでも仕留めることはできるだろう。


 リオが口を開いた。


 「今日いっぱい考えて、明日案を出し合おう」


 時計を見ると、もう六時を回っている。時がたつのは早い。


 「そうだな……。よし、今日の仕事は終わり! お菓子は私が全部回収していく」

 「ええ……」


 そんなこんなで、僕の歓迎はお開きとなり。

 災害対策省初日の仕事が終わった。

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魔界災害対策省 -最強の引きこもり軍師、魔界の災害を止めんとすー @kazunoob

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