第五話 呼ばれた理由

 「仕事をなくしてるってどういうこと?」

 「そのまんまの意味。私たち災害対策省は、今から三か月前に発足した。理由は、災害処理が遅れて一般人に被害を出したから、対策をとっているということを世間にアピールするため」

 「……なるほど」


 一般人に被害を出したとなれば、マスコミが騒ぎ立てるだろう。その情報の鎮火のためだけに、この省は作られたというのだ。


 「でも、実際に稼働すればいいじゃない。お飾りになる必要はこれっぽちもないと思うんだけど」


 災害発生件数は年々増加している。被害が出ているのならば、実際にこの省に優秀な人材を集めて、災害の発生防止、鎮圧を円滑に行えるように整備したほうがいいはずだ。


 このままなんの対策も取らないなら、被害は増加する一方だろう。


 「いや。災害鎮圧担当は、魔王様が直々にやっているの。片っ端から」

 「……は?」

 「だから、私たちに仕事が回ってこないの。なまじ力があって、あの人が出向けばすべてが迅速に解決されちゃうから」


 意味が分からない。

 魔王様が直々に出向いているなんて。


 「ええ……。じゃあ」

 「そうだね。魔王様が飽きるか心変わりするまで、仕事はないよ」


 そんな馬鹿なことがあるのだろうか。

 普通、お偉いさんというのは働きたくないから、仕事を全部部下に丸投げしているものだと思っていたのに。


 「そこはさぼってほしいな……」 

 「でも、私たちに任されたとして、魔王様より早く鎮圧するなんてできっこない。それで一般人に被害が出てしまったらどうするの?」

 「うっ……確かに」


 災害対策。それは、人命救助に直結する。甘い考えで行っていいものじゃない。


 リオはため息をつく。


 「でも、暇」

 「そりゃそうだよね」


 何とかならないだろうか。


 「魔王様に意見を奏上するっていうのは……」

 「ダメ。魔王様は忙しいし、聞き入れてくれたとしてもそのせいで被害が出たら、私たち二人のクビが飛ぶだけじゃ収まらないよ」

 「クビ……ってどっちの? 物理的なほう?」


 リオが肩をすくめたところで、ドアが開いた。ケインさんのイケメンフェイスが現れる。


 「菓子とジュース買ってきたぞー。歓迎会するぞー」

 「はーい」


 リオが立ち上がる。ショートカットも相まって、すごく小柄に見える。


 リオのコップにケインさんはジュースをなみなみと注いだ。

 ケインさんが優しいお兄さんみたいな位置にいるのが、なんだか滑稽だ。

 生真面目な人かと思っていたけど、案外こっちが素顔なのかもしれない。


 ケインさんは僕たちを急かしてテーブルに座らせた後、コップを掲げた。


 「じゃあ、ヤスノリの災害対策省配属を記念してー、乾杯!」

 「かんぱーい」

 「か、乾杯」


 コップになみなみと注がれたジュースを、みんなで一気に飲み干す。

 甘い。


 「これはタナ花から抽出した密をベースに作られているんだ。豆知識として覚えておいて」

 「へえ。さすがだね」


 ただのオレンジ色のジュースとしかわからなかった。

 コップにジュースを注ぎなおしていたケインさんが、それを聞いてにやりと笑う。


 「リオは、自分が教えたことを相手が覚えているかどうか、たまにテストしてくるからな。きちんと把握しておいたほうがいいぞ」

 「えっ」

 「教わったことはその場で覚える。常識」


 怖い。きちんと覚えておかないとひどい目にあわされるかもしれない。

 真顔で罵詈雑言を吐かれた日には精神的に病む。『サバナ病』が悪化するかもしれない。


 (あれ。そういえば、僕は『サバナ病』に罹っているんだった。だけど、家にいた時とはなんか違う……)


 ケインさんとリオと、お菓子を食べながらしゃべって笑っていると、心が軽くなる。

 久しぶりの感情に、少し戸惑った。


 そこで、ふと思い出した。


 「そうだ、ケインさん。なんで僕はここに呼ばれたんですか?」

 「うん?」


 ジュースを飲むケインさんに疑問を投げかける。ずっと聞こうと思っていたことだ。


 隣を見ると、リオも興味深そうな顔をしてケインに視線をやっている。


 「いえ、リオは大天才だから呼ばれたと聞いて。そういえば、僕はどうしてなんだろうなーなんて思って」


 口調は軽く、あくまで会話の一環として。

 心臓の鼓動が速くなっていることがバレないように。


 リオは豊富な知識量を持つ、熟達した魔法の使い手。

 そして、魔法に関してリオを大きく上回るケインさん。


 じゃあ、僕は? 

 魔法は初級までしか使えず、一年間引きこもってゲームをし続けた僕は?


 ケインさんが僕を採用したのは、どうしてだろうか。


 もし。


 もしも、ただの偶然だって言われたら、僕はここを辞める。


 初日で退職なんて母さんになんて言われるかわからないけど。

 でも、何も持たない僕がここにいてもいいはずがない。

 どうせ今日辞めなくても、いずれ周りに引け目を感じて辛くなるはずだ。なら、早いほうがいい。


 そもそも、天才たちの巣窟である宮殿ここに来るべきではなかったのかもしれない。


 充実した人生を送ってきている彼らを見てしまったから、今から家に戻っても、自分がより落ちぶれて見えてしまうだけだろう。


 僕は平気な顔を取り繕って、お菓子をつまむ。ケインさんはジュースをごくごく飲んでいる。リオはお菓子をぱりぱり食べている。


 数秒後にジュースを飲み干したケインさんは、コップを置いた。口を開く。


 「理由はただ一つ」


 そして、にっこり笑う。


 「ヤスノリが大・天・才・だからだよ」

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