第57話 バックヤード×最悪の想定×予防策
レストランの厨房でエイジス兵の死体を発見したことで洋館に異常事態が発生していることを知った那月たち一行は探索を打ち切り、他のメンバーと合流することを第一の目的とする。空間から切り離されたことで後戻りは出来ず、レストランの厨房に備えつけられている扉から先に進む。扉の先には無数の段ボール箱が積み重ねられている。側面には業者名と野菜のイラストがあることから食材を一時的に置いておくバックヤード的役割を果たしていたようだ。そこも長い年月に渡って放置されていたようで段ボール箱や壁に備え付けられた荷台には埃が積もっていて、破損して地面に落下している物も多くある。
窓一つないバックヤードは薄暗い。天井に装備された蛍光灯も大半が寿命切れていて、携帯のライトで足元を照らしながらどうにか歩みを進めていく。
「どこに繋がっているのかしら?」
「仮にバックヤードだとしたら荷物を搬入する出入り口があるのでは?」
「この洋館が普通ならそれでいいのでしょうけど……」
既に普通とかけ離れた場所になっている洋館に対して常識に当て嵌めることを那月は良しとしなかった。空間から切り離された現象に現役の宿泊施設にも関わらず荒廃した施設の現状。そして比較的新しいエイジス兵の死体。その一つ一つが洋館の内外に不穏な空気を渦巻かせているのは明白だ。那月の経験上、この異常事態を常識に囚われるのは時に足元を掬われる結果に繋がることが多い。
先頭を歩いていた那月は足を止めて背後を振り返った。那月と視線の合った調と睦美は小首を傾げる。不思議そうな表情を浮かべる二人などお構いなしに那月はスカートの裾を少し捲り上げた。いきなりの大胆な行為に二人は慌てふためくも、那月は気に留める様子もなく捲り上げた部分から足を這うように手を伸ばして何かを外し取った。続けてもう一本の足に手を伸ばして同様に取り外す。
それは二丁の拳銃だ。傷一つない綺麗な状態で保存された拳銃を調と睦美に投げ渡す。二人は掌で躍らすように拳銃をキャッチする。
「護身用の拳銃よ。しっかりと整備はしているからちゃんと使用できるから持っておきなさい」
「で、でも、私、拳銃なんか使ったことありませんよ⁉」
調の言葉に同意した睦美は首が折れそうな程に頷いて見せる。
「使い方は歩きながら教えるわ。それにあくまで護身用。こうして集団で行動している間は私が貴方たちを守るけど、何が切っ掛けで分断されるか分からない。それはそのとき用の保険だと思っておきなさい」
最悪を想定したビジョンを伝えた上で那月は服の袖口から新たに一丁の拳銃を取り出した。一体、何丁の拳銃を装備しているのか、と疑問をぶつけるよりも早くに那月から二人に声が届く。
「よく見ておきなさい」
二人の自信がつくまで何度も何度も使用方法を教えながら、その間も歩みを止めることなく先を進んでいく。
二人が完全に習得したのはバックヤードの終着点に到着した時だった。そこには鉄の扉があった。頭上を見上げれば半壊した非常階段のマークがある。ドアノブを捻って扉を開こうとするも動きが鈍く、なかなか開かない。建物の劣化で立て付けが悪くなっているようだ。那月は全身を使ってどうにか人ひとりが通れる隙間が空いた。各自、体を縦にして隙間を縫うようにバックヤードを出た。
一足、バックヤードを出ると無骨な非常階段が上下に繋がっている。階数を示す数字はどこにもない。エントランス続きの扉から探索を始めてからは階段を利用していないのだから一階であるはず。
「どちらに行きましょうか?」
調と睦美は那月に指示を仰ぐ。
(……何かしらこの感覚は?)
地下から流れ込んでくる形容し難い嫌な空気が那月の第六感を酷く揺さぶる。実戦経験のない素人を引き連れていくのはナンセンスだ。だが同時にここで地下を選択しなければ追々に取り返しのつかない事態に陥ってしまう予感もあった。
那月は両目を瞑って一呼吸を入れる。その間に考えを瞬時に纏めていく。彼女なりに編み出した考えを纏める手法だ。
「――地下にしましょう。何が起きるか分からないから警戒を忘れずに」
「は、はい!」
那月の注意に二人は強い返事を送る。その反応の速さも含めて満足した那月は最大限に注意を払いながら地下に足を踏み入れるのだった。
アルスマグナ 雨音雪兎 @snowrabbit
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