第6話 反撃


 シーダーズ病院に到着して、ナツメは受付のナースにカーター医師に取り次ぐように依頼した。

「賭場の事件のときに知り合った。良い医者なんだがギャンブル狂いでね。そのときに助けてやった貸しがある」

 すぐにカーター医師がやってきて、ナツメたちを問題の患者の部屋に案内した。彼は部屋には入らずに立ち去った。

 男は首から下を包帯で巻かれて、腕からは点滴のチューブが伸びている。年齢は二十代から三十代、無精髭で唇が分厚い。病室の他のベッドを素早く確認したが、他に患者はいない。

 男がナツメと、隣のイスベルを見た。

「私たちを探してたんだろう? 会いに来てやったぞ。感謝しろ」

「……何のことだ。あんた誰だ?」

「カルテによると――」ナツメはベッド脇にあったペーパーホルダーを取った。「運転していて家に突っ込んで怪我をした。それで歩いて病院に? 根性あるな」

 ナツメはベッドに腰掛けた。男に体重をかけると、傷口が開いたのかうめき声を上げる。

「おっと」男がナースコールに伸ばした手首を掴んだ。「せっかくのお喋りに邪魔が入っちゃ興ざめだ」

「ぐううっ、俺は何も知らない……本当だ……ただ、怪我をしただけで……あんたたちのことも見たことない……」

 ナツメは手首をひっくり返して手のひらを見た。

「手にあとが残っているぞ……ほらここだ。鍵を開けるときに、器具をこう差し込んで、手のひらのここで押さえるだろ? だから鍵開けをやる泥棒の手にはこういう跡が残るんだ。見えるか? ここだ」

 ナツメは身を乗り出して、男の手のひらを小指で指した。

「う――ぐああっ……」

「おっと失礼、傷口が開いたかな。それにあんたの体、あちこちに小さな釘が刺さって、とても交通事故の怪我には見えない」

「ぐっ……。俺を殺すのか?」

「場合によっては。しかし私はただ話を聞きたいだけだ」

「言ったらシーランに殺される!」

「それは少し気が早いぞ。まず退院できるか心配した方がいい。大変な怪我だからな」

 ナツメは男の方へさらに体重をかけた。男が呻く。

「言う……言うから……助けてくれ」

「よし、話が分かるな。それで、お前たちはどういう命令を受けた?」

「それは……写真を見せられて、この女を連れてこいって」

「彼女か?」

 ナツメがイスベルを指すと、男は頷いた。イスベルはずっと部屋の隅で居心地が悪そうに立っている。

「生かして連れてこいと言われたのか?」

「ああ……でもそいつ以外は殺してもいいと言われた」

「シーランはなぜイスベルを探してる?」

「知らねえよ、俺は命令されただけで……。ああ……そういえば……半月くらい前に、シーランに客が来て……。そのあとすぐに呼び出されて、そこの女の写真を見せられて、どこにいるのか調べろと言われたんだ。多分、そのときの客が、何かの儲け話をヤツに売り込んだんだと思う……前にもそういうことがあったんだ」

 イスベルがナツメのそばにやって来て耳元で囁いた。

「反乱軍の誰かが僕に懸賞金をかけたんだ」

 ナツメは頷いて、男への尋問に戻った。

「客の特徴は?」

「知らねえよ、俺は直接見てねえし……下手に詮索したらヤツに消される」

「ずいぶんシーランを恐れてるみたいだな」

「そういうわけじゃねえよ。ただ……ボスも今はあいつに言いなりだ。ムカつくけどよ、とにかくあいつの言うことに従えば金は稼げるんだ。逆らうやつもいるが本気じゃねえ」

「シーランが次に私に送り込んでくる人間に心当たりはあるか? 殺しの得意な人間だ」

「ああ……そうだな……多分、『スティッキー』だと思う。シーランがいつも使ってる始末屋だ」

「始末屋?」

「つまり……組織の誰かがドジったときに、その仕事を代わりに引き継いで始末をつけるってことだ」

「つまり、お前の仕事の始末をつけに来るということか」

「ああそうだよ」

 男が不愉快そうに言った。

「スティッキーの特徴は?」

「あー……いかつい体で……」

 ナツメはいくつも質問を浴びせてスティッキーの特徴を聞き出した。男性。四十代。身長190以上。白人。金髪。刈り上げた髪。堀の深い顔。額から左目にかけて大きな傷跡がある。

「それで、その男の弱点は?」

「……ねえよ。あいつはいつも必ず仕事をやり遂げる。俺があんたなら、そこの女を置いて街を出る」

「アドバイスどうも。じゃあ我々はそろそろ失礼するが、私とここで話したことは誰にも言うな、特にシーランには。消されたくなかったらな」

「何の話だ? あんた一体誰だ?」

「その調子だ。ナースコール押してやろうか?」

「いいから出て行け」

「邪魔したね。……イスベル、行こう」

 イスベルを連れて、ナツメは病室を出た。廊下でカーター医師に会ったが軽く挨拶を交わすだけで足を止めずにそのまま病院の外に出た。真っ暗な通りを歩く。

「ナツメ、どこに行くつもりだ」

「スティッキーを探して先に捕まえる」

「待て、マフィアの殺し屋というのはそう簡単に捕まるものなのか?」

「他に手がかりはない」

「あの男は?」

「シーランにとっては捨て駒だ、あんな場所でいつまでも時間を浪費できない。時間が経てばどんどん奴の方が有利になる」

 イスベルが足を止めた。

「おい。……その殺し屋は、身長180の金髪の白人と言ったな」

「なぜそんなことを聞く? ……いや結構、理由が分かった」

 ナツメはイスベルの視線の先を見た。真っ暗な道の先にレインコートを着た男が立っていた。向かいに人影があったことはナツメも気づいていたが――夜道で近づくにつれ、男の刈り上げられた金髪と、頭から目の上までを稲妻のように走る傷跡が見えてきた。

 ナツメたちが見ていることに男も気づく。男の足が止まる。

「探す手間が省けた」

「どうする?」

「路地から逃げろ。事務所の三階で落ち合おう」

 男から目を離さないようにして、小声でイスベルに伝える。

「こんばんは!」

 ナツメは、大きな声で挨拶しながら男に近づいた。大げさに両手を広げる。

 ナツメの背後でイスベルが路地に飛び込んだ。男の目はそちらを追う。

「すみません、実は人を探していましてね、ご存知ないでしょうか。特徴は、」

 ナツメはポケットから拳銃を素早く抜いて一発ぶっ放した。

 パン! 夜道にフラッシュが響く。

 途中で銃弾が曲がったのでない限りはナツメの撃った弾は男の胸に命中した。

「悪く思うな、殺し屋と正々堂々戦うほどの死にたがりじゃない」

 殺し屋、スティッキーは立ったまま動かない。ニヤリと唇が釣り上がった。

「死にたがりじゃないなら間抜けだ。不意打ちなら勝てるというなら」

 ナツメは拳銃の撃鉄を下ろして二発目、三発目を撃ち込んだ。

 一方でスティッキーは身をかがめると、コートの端を持ち上げて、体の前面を覆うようにする。

 パスッ、パスッ、と拳銃の弾があたってコートがはためく。が、それだけだ。コートには穴ひとつ開かなかった。

「おい、冗談だろ?」

 コートの影から拳銃が出てきたのを見てナツメは文字通り路地に飛び込んだ。

 スパパパパン! とナツメの拳銃の数十倍の弾が一瞬で発射されて道路と壁を穴だらけにした。連射式の自動拳銃だ。

 ナツメは拳銃を握りしめると、すぐに立ち上がって曲がり角に向かって走った。追いついてきたスティッキーが後ろから自動拳銃を乱射する。ナツメは後ろを見もせずに適当に撃ち返した。当然、そんなものではまるで勝負にならない。ナツメが一発撃つ間に相手は十発は撃ってくるのだから。

 とにかくスティッキーの射線に入らないように、ナツメはどんどん路地を曲がって狭い通路へ入っていく。ジメジメした狭い路地を、飲食店や商業ビルの間を走り抜ける。

 行き止まりがあったらおしまいだが、道を選んでいる余裕はなかった。ナツメの肩を何度も銃弾がかすめる。

 足が絡まった。転んだ拍子に自分の足が、血で真っ赤になっているのが見えた。足に力が入らないので腕で這って移動した。

 建物の影からスティッキーの姿が見えた途端に、ナツメは倒れた姿勢から拳銃を撃った。敵はすぐに引っ込む。バレルをスイングアウトして残弾を確認する。

 スティッキーがナツメに銃を向けながらゆっくりと姿を見せた。ナツメの拳銃の先もピタリと彼に向けられていた。

「まさかと思うが頭蓋骨も防弾加工じゃないだろうな」

「お前のは空だ」

 これはまいった。ナツメは拳銃を持ち上げると地面に置いた。あとナツメができることと言えばどうにかして奴を言いくるめる方法を考えるくらいだが……。

 言い訳をするなら、ナツメはずっとスティッキーの方に注意を向けていたし、足から出血もあり後方への注意が散漫だった。普段のナツメであれば彼女から漂うミントの香りに背後からでも気づいたに違いない。

 ズドン、とナツメの背後で音がして、同時にスティッキーの体が後ろに吹っ飛んだ。耳鳴りの中、ナツメは後ろを向いた。ワンピースにベレー帽に、眼鏡の少女が立っていた。少女の手には短くバレルを切り詰めたショットガンが煙を吐いていた。

 少女は倒れたスティッキーにもう一度発砲した。さらに少女が腕を振ると、一体どういう仕掛けがあるのかワンピースの袖から小型拳銃が飛び出してきて、それを片手で支えて乱射した。

 スティッキーは銃撃を受けながらも素早く立ち上がると、防弾コートで頭を守りながら素早く撤退した。

「あ、あの」

 少女がナツメに声をかけた。見た目通りの幼い声。

「す、すぐに病院に行ってください。……ど、動脈を怪我してると、た、助からないかも……」

 なぜかペコペコと頭を下げて、少女はスティッキーの後を走って追いかけていった。そういえば、少女の顔立ちにはナツメと同じ人種の血が流れているように見えた。

 とりあえず目の前の危機が去った途端、怪我をした足がズキズキと痛んで、出血のせいで吐き気と不快感に襲われた。

「まったく……こんなことなら私も防弾の服にしておくべきだったかな」

 壁に手をついてなんとか立ち上がる。壁に赤い手の痕がべったりと残っていた。

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ナツメコンプレックス 叶あぞ @anareta

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