結末

 と、そこにはあたしの部屋の扉があった。








 あった――というのも変だけれど、いきなり現れたの。














 なんで? なによ、今までのことは全部ただのユメで――ただのユメにしちゃ、ハチャメチャだったけど。





 あたしはもとの世界に、自分の居場所へ帰れるの? と、一瞬、思った。














 その人が、扉のとってに手をかけ、中へ入ると――真っ暗。





 うん、あたし、お手洗いに立つとき、電気つけなかったもん。














 ヒュッ! ドシャ、グシャ!





 空を切る音がして、何かが落ちてきた。














 電気をつける――? いや。





 そこはあたしの部屋じゃない。














 広々と暗い空間だった。





「七つの――死体があるね」














 死体? それも七つ⁉














「いや――いや、八体目がここにある。これは君の生きてきた道」





 って、あたしはそんな血なまぐさい人生、送ってきてないし!














「ごらん」





 と言って、彼はあたしの――なぜか、そう思った――死体を蹴り転がした。














 ほわっと光が浮かび上がり、その身を照らす――首なしの長Tシャツ姿――その首のところに、ぼんやり光る木の芽が生えて、見る間に白い花が咲く。














 なに、これ……?














 あたしの首なし死体の首のところから、白い大きな花が咲いてる。





 それだけじゃなくて、地面のそこここに横たわる七つの死体からも、かぐわしい匂い。














 よく見ると全部、あたしだ――あたしの服を着ている。





 冬物、春物、それぞれ違う。














「花という字は死に似てる。白い恋をしてきたんだね」





 と、彼は言った。














「死にたくなるほどの失恋の理由には、清らかすぎるってこと?」





「いや、まあ。決死の覚悟で告白したってことでしょう」














 七つの死体の花園をくぐり抜けると、そこは明るい道だった。





「さて、また三択だよ」














 彼は目の前の十字路を示して言った。





「1、曲がりくねった坂道。2、まっすぐな道。3、獣道。さあ、どれにする?」














「そりゃあ、道はまっすぐな方がいいし」





 言うと、フッと彼は鼻で笑った。














 なによ、安直だっていうんでしょう?





「まっすぐな道が、一番しんどかったりするんですよ?」














『リズム感、書き取り、絶対音感あり――ソルフェージュをやらない? これだけ才能があるんだもの』





『字が読めるようになったんなら、読み聞かせは禁止――台所に立て。一人で音読してなさい』














 ピアノの先生と、父の声が、怨念みたいにまとわりついてきた。





 休む暇もなく、ピシピシ尻を叩かれた、あの日々を思い出した。














「やっぱり、曲がりくねった坂道を、のんびり行くのも悪くないよね」





「そうですか? では、ナイショですよ?」














 ナイショって誰にナイショなの? 思ったけど、これはなんの余興なわけ?





「しかるべき時がくれば、わかります」














 むーん。





 結局、あたしは、そこそこ寄り道できて、遊ぼうと思えばいくらでも遊べる道を選んだ。














 けど、コノヒト。





 あたしの頭を支えてくれてる誰かさん。














 淡々と、黙々と道を行く。





 何が起ころうが、知らぬ存ぜぬ、動じない。














 それなりに、刺激もあって、スリルも冒険もある道だったのに――。





 よそ見をすれば、道端に花も咲いてるし、読書によさそうな、ちょっとした木陰だってあるの。














「これじゃ、うねうね歩いてるだけで、つまんない!」





「あなたの選んだことです」














 のんべんだらりとした仕事ぶりを、そこそこ評価されてのぼってきたんだと言われた。














「あたし、自分の生き方にはそこそこ、自信があんのに――」





「自分で何かやって、失敗したことがないからでしょう」














 彼は言った。





「そんなふうに見えるかな、あたし」














 彼はふう、とため息ついて。





「見えるもなにも、ここへ至るまで、あなた、なんにもしてないじゃないですか」














 そりゃ、なにもかもに意欲的で、熱血してことにあたってたわけじゃないけれどさ?





 ぐねぐねした道を淡々と歩く、その辛気臭いの、どうにかしてよ。














 文句を言おうとしたら、彼が坂道のてっぺんに立って、こう言った。





「最後の選択です。運命の人を一人、選んでください」














 1、イケメン。2、王子様。3、神様。





「3! なにがあろうと!」














「またですか……もう、いい加減にしてくださいよ」





 と、彼。














 また? またってなによ?














「イケメンや王子様と、イチャイチャラブラブしてたらハッピーじゃないですか?」














 ん?














「なにを好き好んで、早々と天国へ来ちゃうんですか、あなたは」





 そのとき、金色の光が、脳裏にさっとさしこんできた。














 あたしは、不思議な力にあふれて、ギュンギュン舞い上がった。





 そして見た。














 真っ暗な部屋で、ギロチンに首を差しだそうとしている、九人目のあたし。














「だめー! だめ! 失恋した程度で死んじゃだめ!!」





 はるか上空からそう言うと、九人目のあたしは、ぼんやりと中空を見つめ、にこっと微笑んで消えた――。














 ハッと気づけば、自室に一人。





 窓からさしこむ朝日に見れば、手も足も胴体もある。














「で、どうすんのよ、コレ――」





 あたしは、先に死んでいた、「七人分のあたし」の血のりを前に、茫然と突っ立っていた――。























 END

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恋とギロチン 水木レナ @rena-rena

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