恋とギロチン

水木レナ

旅路

 ある夜、ふつうに自分の部屋の扉を開けた――お手洗いに行きたくて。








 なのに廊下はいつもと違って、丸い穴が三つならんだ、処刑台があって……。














 なんか、なんか困るのよね。





 扉の上の方を見たら、黒々とした重たい鉄が身構えてる。














 刃よね、あれ。





 ギロチンってやつよね。














 やだなーって思った。





 わけわかんない。














 自分の家に処刑台があって、しかもギロチン――なんであたしの部屋の前にあんのおお?





 こんな大がかりな芝居がかったいたずら――あったもんじゃない。














 なによこれ、どけてよ。





 押しのけようったって、ギロチンだよ? 重たそうだし、生理的に触れたくない。














 フランス王族の手によって考案され、実際にその最期を見届けたという、由緒ただしき処刑具。





 だけどあたしは、そんなもんのお世話になりたくない。














 是非にと乞われても、絶対嫌だわ。





 なのに、あたしは、気付いたら首置きのクッションに頭を乗せてた。























「かわいそうに」





 突然にふってわいた、憐憫の声。














 あたしは、その人の間近にいた。





 いや、いたっていうか、持ち上げられていたっていうか……高々と掲げられていた。














 その人は、自分の目線より高い位置にあたしを持っていき、そしてあたしは彼を見下ろした。





 そこにはあるはずのあたしの体はなく、いっさいの重さを感じない。














「かわいそうに」





 またその人は言った。














 いや――いや。





 この状況でそのセリフって……確実に人じゃないよね?














 勢いよくしぶいたであろう、あたしの血を見て、この暗い廊下で。





 この人、人じゃないよね? いや、人であるならば、人でなしの可能性、あるよね。














 なんたってギロチンで体――首から下、なくしちゃったあたし――同情されたっていいくらいだけど、ここでこんなふうに淡々と、しげしげと見つめられて、ただ「かわいそう」って言われるのは、あんまりじゃないか?














 あたしの人生、なぜか、どうしてだか、唐突に終わりを告げた。





 ならば、そこには「この度は……」とか「ご愁傷様で……」とか、言葉尻を濁す感じで、それこそふさわしい言葉がかけられてしかるべきだ。














 だというのに。





 なんでこんな人に、無感情に、あたし、首だけになって持ち上げられてなきゃなんないのっ!?























「忘れられない人がいるね――?」





 その人はきいた。














 そっぽを向きたくてもむけないあたし。





 あたしを暗い天井に向かって、持ち上げるのをやめたその人は……。














「君には三つの選択肢がある」





 と言った。














 向かい合ったら、この人超絶美形で。





 まぶしくて、あたしは目をすがめた。














「1.トラのオリにつながる扉。2.崖っぷちにつながる扉。3.真っ暗な部屋につながる扉」





 さあ、どれを選ぶ? とやさしくきいてくる。














 なにそれ? って思ったけども、選ばなくちゃならないなら、3でしょう、とあたしはタカをくくった。





 部屋に明かりがついてなくたって、どうってことない。














 一度は死んじゃった身なわけだし、今さら安らかに眠りたいとか、ゼータクは言わない。





 このキンキラした男の人のまなざしに魅入られて、あたしは言った。

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