エピローグ


――夜の礼拝堂は、静謐に満たされていた。


 すると、扉がギギッと開く音ともに、館内の光が差し込む。ランプを片手に持ったフルールは、扉から覗き込むようにして声をかける。

「……ニュイ、今日も来たよ?」

 礼拝堂の扉を開けて、フルールは祭壇の手前まで歩みを進める。

 そこには、白薔薇姫が眠っていた棺の中に、ニュイが横たわっていた。

 そして、手に持っていた注射器をニュイの二の腕辺りに注射した。ニュイの身体の腐敗を防止するため、あれから毎日薬を投与していたのだ。

 お腹辺りが呼吸に合わせて膨らんだり、萎んだりしているところを見ると、ニュイは未だ生きているかのように思えた。

 だが、あれから1年以上経っても尚、ニュイの意識が戻る気配は一向になかった。


 ――そう、ニュイはこの棺の中で、眠り続けていた。


 フルールは、愛おしげにその手でニュイの頬に優しく触れる。目覚めぬまま眠り続けるニュイの寝顔を見て、微笑んだ。

「待っててね。私が、必ずニュイを助けてみせるから」

 そうしてしばらくの間、ニュイに触れていたフルールは名残惜しそうに立ち上がり、ゆっくりと礼拝堂から離れていく。

 そして、礼拝堂の扉を閉めて、そのまま睡蓮の部屋へと向かった。

「……睡蓮さんは、花宝石の持つ魔力を使って、マンドラゴラの呪いを解除する方法を考えていた」

 1年前のあの事件後、フルールは睡蓮の研究を引き継ぐため、ほぼ1日中、部屋に篭って、魔術研究を行っていた。

 元々、父親譲りの天性的な才覚があったのか、魔術に関する知識の吸収とその飲み込みの速さは非常に優れていた。

 フルールは今日も、その研究に明け暮れることとなる。


 ――愛する人を救うため、その不屈の精神を瞳に宿しながら。

 館を手入れする者はおらず、あちこちに蜘蛛の巣が散見される。

 塵や埃に塗れた館内には生活感はなく、庭の花壇の花たちや、噴水の水も枯れてしまっていて廃墟のような寂しさがあった。

 そして、館の外の森にも大きな変化があった。

 いつからだろうか。

 日中、太陽が出ているにも関わらず、森全体は常に濃い霧に覆われていて一寸先の道も見えないほどとなっていた。

 迷い込めば獣に血を吸われ、肉を喰われてしまうとか

 死の叫び声をあげるマンドラゴラに襲われてしまうとか

 そんな噂が色々な国や街で蔓延っていた。


 事実、その森に一度でも足を踏み入れた者が、その後帰ってきた報告はない。

 

 ――その森はこの先ずっと、魔女の棲む森として人々から恐れられることとなった。


(Fin)

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花夜の薬売り(フルール) 双月朋夜 @Liesha_Blood_Absorbed

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