第2話

道中で蒼太は男に幾つか話を聞いた。その内容から分かったことは、ここは異世界であり元いた場所に戻ることは困難だろうということだった。


異世界から人が来ることはあるという。しかしそれは魔王を倒すための勇者を召喚した時くらいで、しかも元の世界へと返す術は無いのだとか。蒼太の存在はこの世界の人間にとってはイレギュラーなものであると言える。蒼太は自身のことは隠し通すことに決め、男には「食い扶持に困った親に捨てられた」と説明した。



男の名前はガルドといった。彼は蒼太を抱き抱え、路地裏を奥へ奥へと進んでいく。

ガルドの腕の中は微かに血の匂いはするが、暖かくて安定感もあり、非常に居心地がいい。この後犯されるかもしれないという危険性は残っているが、正直この男ならそんなことはしないのではないだろうか?と蒼太は思い始めていた。


何故なら。

「あ゙~⋯⋯かわいい⋯⋯」

蒼太にしか聞こえないくらいの小さな声で、情けない声を上げながら彼を抱きしめるガルド。

その声音はデレデレの甘々で、性的なものというより寧ろ小動物を過度に愛でる変態に近かった。

もしも彼が羽織っているマントのフードを外しその顔を見せていたのなら、確実にとんでもない表情になっているだろうことは想像にかたくない。


取り敢えずマイペースを地で行く蒼太は、ストレートに疑問をぶつけてみることにした。

「ガルドは おれに えっちなこと したい?」

「ぶっっっ!!???」

突然の問いかけに、盛大に吹き出すガルド。

「ガルド きたない」

「おおおおう、悪い⋯⋯ってそれより何でそんな」

「さっき おれをみてた めが、そんなかんじだった」

「嘘だろ」


目に見えて狼狽えるガルド。やはり先程の下卑た瞳の色は無自覚だったらしい。本気で湯たんぽのように添い寝して欲しいだけだったということだ。蒼太は少し安堵した。

ついでに筆者も安堵した。危うく18禁展開になるところだったぞと(メタ発言)。


「ガルド、そういうことに きょうみあると おもってた」

「いや、確かにあることにはあるがよ?お前相手に⋯いや、アリっちゃアリだが餓鬼相手にそういうことは⋯⋯」

「むっつり だったか」

前言撤回、貞操の危機は完全には消え去っていないようだ。しかし外見に反して良識はあるようでそこは安心する。


「まあ からだ なでるくらいなら すきにして いいから」

「は?」

「ていそう を まもるため なら そのくらい やすい」

そう言って蒼太はガルドの手を自身の腰辺りに添えさせた。

「ほら さわってみて」

「⋯⋯⋯(ゴクリ)」

震える手でそろりそろりと蒼太の腰を撫でるガルドはどんどん羞恥と罪悪感で体が熱くなっていく。抱き抱えられて密着している状態のため、それは蒼太にも伝わってきた。


「なんか おれが せくはら してるみたいだ」

「⋯⋯実際そうだろうが、このエロ餓鬼め⋯⋯⋯⋯」

「しんがい だ」

恨めしげに声を絞り出すが、腰を撫でる手は止まらない。なんて素直な。一方で蒼太もこれは「必要な処置」であると思い込んでいるので、非常にたちが悪い。


「厳つい巨漢は案外初心で可愛い男だった」、「天使を拾った筈がとんでもない悪魔だった」と後に蒼太とガルドはそれぞれ語る。



「そういえば、ガルドは どうして あそこにいたの」

「ん?」

ひとしきり無自覚なセクハラを終わらせた頃、蒼太はふと気になったので尋ねてみた。

「仕事の帰りにちょっと休んでただけだ」

「しごとって?」

「ちょっと人を殺しにな」

その一言を聞いて蒼太は「ああ、やっぱりこの男は堅気の人間では無かった」と理解した。特に罪悪感もなく、天気の話でもするようにあっさりと言ってのける人間なんて、異世界だろうとそうそういないだろう。散々じゃれあっておいて何だがこの男は危険だ。本当に。



蒼太がそう認識を改めていた時。ガルドは朽ちた壁の目の前で立ち止まった。

「着いたぞ。目的地だ⋯⋯「蛇の骨、鯨の皮」っと」

壁を二度叩いて三歩引き、合言葉を呟くと壁の目の前の空間に突如として階段が現れた。どうやら地下に続いているらしい。


「すごい、まほう みたいだ」

目を丸くして驚く蒼太にガルドは、

「魔法じゃねえよ、魔術だ」

当たり前のことのようにそう言った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る