第4話

「おい、いい加減に起きろ」

そんな声に蒼太の意識はうっすらと覚醒する。しかしここで起きてはいけない、大小様々なモアイ像に占拠されたホワイトハウスに、自分は今乗り込もうとしている所なのだ。失敗は許されない。

「おい坊主、ソータ」

ゆさゆさとやや乱暴に揺すられ、強制的に夢の世界から引きずり出された。

眠気眼を擦りながら視線を上げると、昨日と同様にフードを目深に被った巨体が自分を見下ろしていた。


「⋯⋯ガルドにとうへい め、なんてことを」

「誰が二等兵だ、いつまでも寝ぼけてんじゃねえ」

軽く頭を小突かれる。

「う~⋯⋯」

ベッドの上で大の字になり、バタバタと両手足を動かして不機嫌さを全面に出しながら、蒼太はうーうーと唸った。しかしそんな彼の抗議も意に介さず、

「早く起きろ、出掛けるぞ」

そう言って、ガルドは備え付けの机の上を指さす。蒼太も倣って視線を移すと、そこには丁寧に折り畳まれた子供服と小さなブーツが置かれていた。

「これは?」

「その格好じゃ動きづれえだろ?着替えたら酒場の方まで来い」

それだけを蒼太に告げて、さっさと部屋を出ていってしまった。



用意された服を見ながら蒼太は考えを巡らせる。

「(何でこんなものを用意してくれたんだ⋯?)」

正直言うと、蒼太は起きたらさっさと放り出されるか売られるか犯されるかするものだと思っていた。しかしガルドは蒼太をわざわざ起こしてくれた上に洋服まで用意してくれていた。それが蒼太にはよく分からなかった。

しかしそこで、昨日のガルドの小動物を愛でるような様子を思い出した。もしかすると多少は情が湧いたのかもしれない、と。そうであるならば蒼太としては有難い。


昨晩は奇跡的にガルドに拾われ湯たんぽとして寝床を手に入れることが出来たものの、今後同じような結果を迎えられる保証はない。正直この世界全体の治安や死生観などはまだよく分かってはいなかったが、少なくとも自分のような子供一人、好き好んで助けてくれる大人など少ないだろう。人は誰しも厄介事には首を突っ込みたがらないものだ。

そして、昨日眺めた酒場や人々の様子からして、蒼太は「まるで中世やファンタジー小説の世界のようだ」と感じていた。現代的な雰囲気ではなかったのだ。もしその印象通りの場所であるならば、現代人の求める「まともさ」は期待しない方がいい。

「勇者」や「魔王」なんかがいて、「異世界召喚」なんてものも存在して、「食い扶持の無くなった親に捨てられた」で納得されるような世界だ。恐らくそれで認識は間違っていないだろう。偏見かもしれないが。


何よりガルドのようにあっさりと「仕事で人を殺してきた」と言ってのける人間や、あからさまに堅気とは思えないような荒くれ者達のいるこの場所では、蒼太こども一人の命の価値など考えるまでもないだろう。言外に「犯すのか」と尋ねた際も、ガルドは狼狽えはしたが否定はしなかった。倫理観が非常に緩い。

こんな場所に身一つで放り出されたものならたまったものではない。もし仮にガルドがこのまま蒼太を引き取ってくれるなら願ってもないことだが、流石にそこまで高望みも出来ない。

「(取り敢えずこの服は借りるとして。今後の身の振り方は⋯⋯まあ、孤児院でも探すか。あと出来れば帰る方法を探すとか)」

蒼太の思いつく限り、今後の方針としてはそれくらいしか考えられなかった。


「⋯⋯それにしても なんて めんどう なんだ⋯⋯」

ぱふっと軽い音を立てて、ベッドに仰向けになって転がる。無気力なように見えてそうでもない、を自称してはいるが、正直な話面倒事があるよりはやることが無い方が100倍良かった、と彼は思う。

「ゆめも、せっかく おもしろい ところだったのに」

時折おかしげな夢を見る蒼太は、それを途中で遮られることが嫌いだ。今後もしも事が上手くいって、ガルドが夢を見ている場面に居合わせることができたなら嫌がらせに絶対に邪魔してやろう、と心に誓った。両親から「自分がされて嫌なことは他人にもするな」と教わってきた彼なりの報復である。


「やっぱり ゆめじゃ ないんだよなあ」

まるで連想ゲームのように思い至って、蒼太は自分の小さくなった身体を、改めてしみじみと観察する。

ぶかぶかになった服、こぢんまりとした紅葉のような手のひら、ぷにぷにとした頬。明らかに高校生だった自分の姿とはかけ離れている。

部屋の中も見回してみる。木製のベッドは簡素かつ無骨でニス加工もされてはいない。机の隅には見たことも無い文字のようなものが落書きされている。

それらを見て触って確かめて、ここは現実なのだと再確認した。

出来ればこの姿も夢であって欲しかった、と嘆息しつつ、頭を振りながら「なるようにしかならないか」と呟いて。蒼太は漸く用意されていた服に手をかけるのだった。



「おう、やっと来たか」

服を着替えた蒼太が部屋を出ると、扉のすぐ横でガルドが壁にもたれかかる格好で立っていた。

「さかば で まってるんじゃ なかったの?」

蒼太がそう言うと、何故か居心地の悪そうな様子で「あ~」と唸りながら、

「そうするつもりだったんだが、なんとなくな」

と、歯切れの悪い返事を返した。

「まあ いいか。ふく かしてくれて ありがとう、にあう?」

そう言いながら、その場でくるりと回る蒼太にガルドは「ぐごっ」という耳慣れない音を出しながら、

「⋯⋯いいんじゃねえの」

とだけ呟いた。


「後な、それ貸したんじゃなくてお前のだぞ」

「そうなのか?」

「何であんな格好してたのかは知らねえけどよ、服も無いくらい金に困ってたんだろ?俺はこう見えてそれなりに金持ってっからな、遠慮せずに受け取っとけ」

「そうか」

どうやらガルドの純然たる好意によるものだったようだ。貸すどころかくれるというのは驚いたが、子供相手なのだしそんなものなのかとも思った。蒼太は有難く受け取ることにする。


「何よりこれからもずっと一緒にいんだから、まともな格好してもらわねえとまずいってな」

「え?」

ガルドのその言葉の意味するところに気付いた蒼太は驚く。長い前髪で隠れたいつもの眠たげな瞳が丸くなるほど。

「どういう ことだ?」

一先ずそう問いただすと。

「どういうことって⋯⋯お前、捨てられて帰る場所ねえんだろ?だったら俺んとこ来るしかねえだろ」

何を当たり前のことを、とでも言わんばかりのガルドに、驚きを通り越して思わず呆れてしまった。

「ガルド は おひとよし な ひとごろし なんだな」

思わず思ったままの感想が口から飛び出す。

「いやなんだよその感想」

表情は相変わらず分からなかったが、声が笑っている。

「まさか俺がこのままほっぽり出すとでも?」

「ふつうは そうする」

「まあそうだろうな、俺もいつもならそうする⋯⋯けど、俺はお前が気に入っちまった」


そう言ってガルドは蒼太を抱き抱えた。

「今日からお前はうちの餓鬼だ!ってな⋯⋯⋯やっぱ嫌か?人殺しの子供なんざ」

「いや、じゃ、ない」

まさか本当に養ってもらえることになるとは思ってもみなかった蒼太は、思わず片言になって答えた。まさかの急展開と、ついでに言うと、「ガルドが人を殺す人間であると分かっているのに、一緒にいることに何ら抵抗を感じていない自身」に気がついたのも今だった。脳内は大混乱である。


その様子に満足したらしいガルドは、

「がっはっはっは!ここで断られたらダッセエなんてもんじゃ無かったな、良かった良かった」

と豪快に笑う。

「ほんとに いいのか?」

「餓鬼一人養うのなんてわけねえよ。さっきも言ったろ?金はあるってよ。だから安心しろソータ。それにな」

するりと柔らかい蒼太の頬に、ごつごつと節くれだった傷だらけの指を添えて。

「どうしても、お前と離れられる気がしなかったんだよ」

ガルドは囁いた。


「⋯⋯⋯餓鬼相手に告白かよ?ガルドの旦那」

唐突に後ろから声がかかる。

「!!???ハイネス!?なんでここに」

「いや何でって、ここの管理人俺じゃねえかよ。旦那から鍵も預からなきゃなんねえし⋯⋯⋯にしてもナイスタイミングだったぜ」

悪人面をニヤニヤと歪ませて、ハイネスは畳み掛けるように言う。

「いやあ~!旦那も隅におけねえなあ!所帯持たねえなと思ったらそうかまさか幼児趣味とは恐れ入りやしたぜ!!しかも女じゃねえときた、こいつはとんでもねえ特ダネだ!来月のゴシップ誌の見出しはこうだろうな?『スラムの掃除屋”剛腕”ガルド、電撃結婚!相手は孤児の男児か───!?』」

「~~ッッいい加減にしろぉお!!!!!」

「ごっふぁ!!!?」


次の瞬間蒼太の目に入ったのは、ぶるぶると小刻みに拳を震わせながら憤るガルドと、床に顔から倒れ込んだ哀れなハイネスの姿だった。


「ったくこいつときたら⋯⋯冗談でも滅多なこと言うんじゃねえよ⋯⋯」

はあっと大きく安堵の溜息をつくガルドだったが。

「なあ ガルド」

「ん?どうしたソー⋯」

蒼太の名前を言い終わらないうちに、ガルドの唇のすぐ横に柔らかな感触が。

「おれは ガルドとなら けっこんしても いいぞ?⋯⋯なんてな」

「ぶっふ!!???」

いちばん厄介な相手が己の腕の中にいることを失念していたガルドだった。

「きたないぞ」

「お前のせいだ!!!」

ギャーギャーと言いつつも抱え込むのはやめないガルドに「やっぱりこいつはむっつりだな」と思いつつ、夢見を邪魔された報復が出来たと一人喜ぶ蒼太は気付いていない。


「自分がされて嫌なことは他人にもするな」に一切抵触していない、という事実に。

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